真昼の星探し


 おかえり裕介、荷物が来てるぞ。愛しの彼女ちゃんから。

 一泊二日のレースから帰ると、珍しく家にいた兄がにやりと笑って出迎えてくれた。
 よりにもよって、なんでオレが居ない日に。その上、なんで兄貴が居る時間に届くんショ。
 なんて恨み言がすかさず脳裏によぎるが、口に出しても仕方がないので代わりにサンキュと言い換える。それに、むしろ。こうやってすんなりと兄の認識に馴染むタイミングで届くあたり、彼女らしいと思えなくもない。

 小さめの味気ないダンボール箱を開けると、外側の味気なさが嘘のように鮮やかなピンクの包装紙が収まっていた。
 つまりそこにあるのは予想通りの気配で、思わずむずむずと動き出した口元が勝手に笑みを形作り始める。大小のハートが埋め尽くす賑やかな包装紙と、一番上に置かれたメッセージカードを見れば……これが何かは明らかだ。十四日には少し早いが、国際郵便なのだからこの程度の誤差は誤差にも入らない。

「こないだ話した時は、なんも言ってなかったクセにな。クハ……可愛いことするショ」

 スカイプ越しに感じた恋人を思い出しながら、さて贈り物を確認しようと持ち上げかけ……予想外の重さに思わず手が引っ込んだ。荷物のサイズからも、チョコレートだけにしてはいささか大きい。けれど、それにしたって。小物を追加したにしても、戸惑う程の重量感ではないか。
 むず痒い程の喜びも今のですっかり吹っ飛んでしまい、代わりに台頭し始めたのが困惑と怖いもの見たさだというのだから、もうなんとも言えない。恐る恐るとは言いたくない慎重さで今度こそしっかり持ち上げて、可愛さだけは充分な包装紙をそっとそっと剥いでいく。

「……はァ!?」

 思わず唖然として、それからようやく声が出て、最後にぐにゃりと脱力する。
 けれど暫くすれば、妙な愉快さと懐かしさに襲われた。
 ついでのように、ふつふつと笑いまでこみ上げてくる。

「そうだな。あいつは、こーいう奴だったショ」

 そこには、チョコレートもクッキーもなかった。
 敷き詰められていたのは、ミニサイズの羊羹だった。そう。羊羹だ。ようかん。あずきだ。
 バレンタインムード満載の包装紙が嘘のように、華やかさとも甘い雰囲気とも無縁の羊羹のパッケージが並んでいる。

 程よい水気と糖分、そしてなにより手軽なサイズと魅力的な値段。
 自転車乗りに愛好者が多い羊羹とはいえ、バレンタインに相応しいかと言われるとまた別だ。
 しかもご丁寧に、普通の羊羹に加えて"スポーツようかん"や高級品の"プラス"までしっかりと収められている辺りが、更に的確過ぎて何とも言えない。

 バレンタインデーに、補給食の贈り物。
 パワーバー系に比べれば羊羹(和菓子)なだけまだそれっぽいと言えなくもないが、それでも事実として彼女が「羊羹は補給食だ」という認識を持った上で選択している時点で、大差はない。
 思えば、去年も一昨年もチャリ部への彼女のチョイスはこれらだったのだから、今年も予想出来た筈だった……と今更のように思ってしまっても既に遅い。
 いやまあ、ただでさえこうして遠距離な上に、スカイプや電話やメールすら決して頻繁とは言い難い感覚なのだけれど、それでも恋人なのだし。いくら田中でも、彼氏相手にはもっとセオリー通りの選択をするに違いない……なんて先入観を持ってしまった時点で彼女の勝利は確定していたのだろう。

「あーあ。あいつ、今年も金城たちにするのかねぇ。クハ……一年、特に今泉あたりは驚くだろうなァ」

 今までこの手のイベントでは貰い飽きる程に貰い続けて来ただろう今泉でも、さすがに羊羹を渡してくるような相手にはお目にかかっていないだろうから。ああそうだ、坂道なら、どうだろうか。きっと、バレンタインという時点でアワアワするだろうし、羊羹を前にしても「さすが田中先輩!」とか言ってキラキラ瞳を輝かしそうだ。鳴子は、付き合いの良さを発揮してノリツッコミで応戦するのだろうか。いや、この手の変化球は大阪ではむしろ当たり前のことかもしれない。ほら、なにせ、大阪だし。
 などとあっさりと一部地域に失礼なことを思いつつ、懐かしい面々を思い描く。
 思えば、四月から八月のたった一学期。彼ら一年との時間は、暦の上では本当に短いものだった。
 ……けれど、交わした言葉、走った距離、それらは決して少なくも短くもない。

 壁に吊るしている総北のジャージを眺めた後、敷き詰められた羊羹の一つに手を伸ばす。
 そのすぐ後ろ、卓上の一番目につく場所で笑っている恋人にありがとな呟きを落とし、そっと一口。

「クハ、甘えなぁ」

 久しぶりに食べた種類の甘さは、なんだか妙に心地が良くて、同時になんだか妙な気恥ずかしさを運んできた。

 写真立ての中の彼女は、今日も可憐だ。奇跡の一枚と当人が言うだけあって、それはもう大変な完成度の可憐さである。パソコンの中では、不定期に送られてくるデータがいつの間にか積み重なって結構な量になっている。それらは確かに大切だが、けれども、それらだけで満足できる筈はない。
 写真に向かって話しかけたところで、感謝の言葉が彼女に届く筈もない。

 表示させた電話番号を選択しかけて、時計に目をやり結局メールに切り替える。

 さて、まずは届いたことを知らせよう。
 中身への感想は……まあ、後でもいいだろう。今は、ありがとうとだけ伝えればいい。
 そして本題だ。いつなら電話の都合が付くかと聞いて、いや、この流れは性急すぎるだろうか……ああ、違う。こんな手順は無駄なだけだ。

 ああでもないこうでもないと打ちかけた文章を、一気に消す。
 手紙を書きたいんじゃない。話したいのだ。声が聞きたいのだ。声で伝えたいのだ。
 届いたことも、感想も、その時伝えればいいじゃないか。

 挨拶も装飾も全部落とした身軽なメールなら、きっとすぐに彼女の元に届くだろう。



(タイトル:otogiunion)

 

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