《第5話》
「ちょっと千尋さん聞きまして!?」
朝、いつものように登校して教室の扉を開くと目の前に花輪さんが飛び出してきた。
『ど、どしたの?』
「それが大変なのよ!昨日並盛に変質者が出たらしくってうちの生徒が襲われたらしいわ!」
『変質者!?』
「ええ、しかもその変質者もうちの生徒なのよ!じいやが言ってたから本当だわ!」
おいおいこの平和な並盛に変質者なんて……………雲雀さんに殺されるだろうなあ。ご愁傷様です。
その話題でもちきりなのか、朝にしてはいつもより騒がしい教室だった。
「秋山さん、気をつけなよ?」
『えっ』
深刻そうな表情をしたクラスメートが声をかけてきた。突然会話に入ってきたのが嫌だったらしく、花輪さんはムッとしている。
「ほら、変質者。後ろの席のダメツナだからさ!」
ガン、と頭を殴られたような衝撃。
『うそっ!!?』
「嘘じゃないわよ、笹川さんが昨日パンツ一丁でダメツナに迫られたって持田先輩が!」
ちがうそうじゃないんだよクラスメートA!そのことで驚いてるんじゃないの!
まさか あれからそんな経つ?今まで元の世界に戻れる方法を調べてたけど一向に手がかりはない。
それなのに――原作に突入してしまうなんて!
話は始まっちゃってるし「ツナ」は死ぬ気弾撃たれちゃったしリボーンは並盛にいるってこと!?
おいおいこのままじゃ私ほんとに漫画のモブとして一生を終えることになるよ!
最近またここへの馴染みっぷりがすごいのだ。商店街に買い物に行ってたくさんのオバチャンと知り合いになったし、八百屋のおっちゃんはよくおまけしてくれる。
ぐるぐると考えていたらガラッと扉の開く音がした。途端に教室内はわっと盛り上がる。
「パンツ男のおでましだー!」
「ヘンターイ!」
「電撃告白!」
「持田センパイにきいたぞーっ!めいっぱい拒絶されたんだってなー!!」
物語の主人公・ツナの登場である。
ちょ、やめたげて!中学生の時期はほんとデリケートだから!
まさかの事態にツナは急いで帰ろうと振り返ったが、背後には剣道部員が彼を囲んでいた。
「おっと帰るのは早いぜ」
「道場で持田主将がお待ちかねだ」
「「道場へまいりまぁーす!」」
易々とツナは剣道部員に連行されてしまった。
「見にいこーぜ!」
「いくいく!!」
その一部始終を見ていたクラスメートがまた最高に盛り上がって教室から次々と飛び出して行く。
『た、大変なことになったね…』
「野蛮ですわ!」
花輪さんはあまり騒がしいのが好きじゃないみたいだ。すっかり落ち着いて一限の準備をしている。
「持田センパイ、昨日京子がうけた侮辱をはらすため勝負するんだって!」
「え!?」
「京子を泣かせた奴はゆるさん!だってー」
「そんな…持田センパイとは委員会が同じだけなんだって!泣いてないし!」
ああ京子ちゃん、その言葉をぜひともツナに聞かせてあげてほしい。なんだかんだで好奇心が働いてしまった花ちゃんが京子ちゃんを道場に連れて行ってしまった。少女漫画のような展開に女子も興奮気味に道場へ向かってしまった。
教室に残ったのは花輪さんと私だけ。そういえば山本は興奮した友達に引きずられながら道場へ向かってたな。困ったかおをしてたからあまりノリ気じゃなかったみたいだけど。
私は行く末を知っているし別にわざわざ見に行かなくてもいいかと教室に残った。それに移動の中でリボーンと出会ったら最悪だ。一限の準備をしようと考えていたら扉から吉田くんがひょっこり顔を覗かせた。
「あ、ねえ秋山さん!」
『吉田くん!どうしたの?』
「いや、いったい何の騒ぎなのかなって気になって…」
どうやら隣のクラスにもそのまた隣のクラスにも騒ぎは広まっているらしい。廊下に出ると、次々に教室から飛び出す生徒が見える。
「なんかA組の沢田くんがパンツ一丁で女の子に迫ったって噂は聞いてるんだけど…」
『えと、うん…それでその女の子と同じ委員会の先輩が仇をとるって沢田くんを道場に呼んじゃって…』
「へえ、頼りになる先輩だね」
吉田くんが感心したようにため息をついた。いやあ、なかなか迷惑な先輩なんですよそれが。
『…うーんと、違うんだよ?沢田くん本当はそんな人じゃないんだ。ただ、ちょっとその時は…疲れてたっていうか、たぶん、そんなん』
我ながら下手くそなフォローだ。ごめん沢田くん、力になれなくて。
と落ち込んでたけど吉田くんの中では意外に響いていたらしい。吉田くんは驚愕したようにでもちょっぴり嬉しそうなかおをしている。
「憑かれてた!?」
ちがうよ吉田くん!
変換がちがうんだなそれ!!
「それは大変だ!そうだね普段ひとがちがう行動をするときは怪しいよね…!さすが秋山さん、目のつけどころがちがう!」
『え、ちょ、よし、』
吉田くんは私の手を掴むと同時に走り出していた。
『えっ、あの、吉田くん!どこ行くの!?』
「決まってるよ、道場でしょ!」
『なん、えっ、なんで!?ていうか私花輪さんに』
一言いわなきゃ!吉田くんはグングンスピードを上げていく。舌を噛みそうになったので強制的に何も言い返すことはできなかった。吉田くん、恐るべし…!
「ん?あれ、なんだろ…」
吉田くんが走りながら道場の出口付近を見つめている。
何かとてつもなく速いものが猛スピードで走ってきて道場の扉を開けた。
「いざ!勝負!!」
その大きな声はこちら側までも響き渡った。あの姿、あの気迫――そしてパンツ一丁。
『沢田くんだ!』
「え!急ごう秋山さん!」
沢田くんを追うようにまたグンとスピードが上がった。吉田くんの好奇心に完敗だ。
私たちが道場に着いたとき、沢田くんはすでに持田センパイからマウントポジションをとっていた。
メラメラと沢田くんの額で燃えるオレンジの炎。なんだかきれいだと思って目を奪われた。
『(あれが死ぬ気の炎…)』
これからあの炎を宿して物語が進み、成長して、強くなってたくさん傷ついていくのだ。そう思うとグッと胸に詰まるような気分になる。
「100本!!とった―――っ!!」
どっとギャラリーが沸き上がる。ハッ、いかんいかんちょっと自分の世界に入ってしまった。
「考えたなツナの奴!」
「確かに何かを一本とるかは言ってなかったもんな!」
持田センパイの髪の毛を100本抜き取った沢田くんは審判の反応が悪かったため今度は全ての髪の毛を抜き取りにかかった。
その凄まじい気迫から盛り上がっていたギャラリーも怯えた表情になっていく。
「全部本!」
「赤!!」
やがて全ての髪の毛を抜き取った沢田くんは見事に審判から判定勝ちを奪いとった。
沢田くんの炎が消えると同時にワアッとまた会場は盛り上がった。
「めちゃくちゃだけどいかしてたぜっ!」
「なんて奴だ!」
「なんかスカっとしちゃった!」
「見直したぜ!」
沢田くんの周りに集まった人々が口々に彼を褒める声をかけた。沢田くんをこのときばかりは誰も「ダメツナ」なんて呼ばないだろう。
私は原作通りに進んでくれたことに内心安堵して、こっそり道場から抜け出した。花輪さんにこってりお叱りをうけるだろうなあ、なんて思いながら。
「いやーすごかったねさっきの試合!僕が考えるに、きっとあの沢田くんにはプロレスラーの霊が――ってあれ?」
そのとき吉田くんが私を探していたなんて知ることはなかった。吉田くんには悪いけど先に帰らせてもらいました。
さてどうやって花輪さんに許しを乞おうか。最近また一段と彼女は私の傍にひっついている。懐いてくれるのは嬉しいけど私が他の子と喋ってたりするとあからさまに機嫌が悪くなるのは――見てておもしろい。正直で可愛いなあ。
なんて軽い足取りで教室までの廊下を歩いていると、向こうの角に黒くて小さいなにかを発見した。
『んん?なんだろ』
それに近づいてしゃがんでみると、それはゆっくりこちらを振り向いた。
「ちゃおっス」
『、っ!!?』
人間というものは本当に驚くと声も出ないのだ。
「ん?おめーここの生徒か?」
大失態だ!!!!
ばかばかばかばか私のばかやろう!!あれだけリボーンを回避しようと心に決めてたのにうわあああほんとになにやってんだ私のばか!!
「どうした?固まって」
『い、いや、その、がっ学校に赤ちゃんがいて、びびびびっくりしちゃって…』
平常心だ!平常心を保つんだ!モブ生徒がリボーンと出会ってちょっとした雑談なんかしてもまあアリだとしよう!画的にセーフだとしよう!
「そうか?まあ、気にすんな」
『そ、そうだね!』
それじゃあね!と早々に立ち上がってこの場を去ろうとしたら小さな手できゅっと足を捕まれた。
『えっ、な、』
「おれは小さい赤ん坊だぞ。玄関まで送ってくれ」
きゅるんきゅるんと輝かせた瞳をこちらに向けてくる。いやいや私知ってるからあなたが本当はおじさ…いやお兄さんだっていうの知ってるから!騙されないから!
『そ、だよね…』
「そうだぞ」
ん、と小さな腕をめいっぱい広げるリボーンに不覚にもきゅんとした。猫かぶってることは知ってるんだけど!くやしいかわいい!
そっとリボーンを抱き抱えると、きゅっと首に手を回してきた。
『わ、軽い…』
「赤ん坊だからな」
小さなひとりごとにもリボーンはちゃんと拾って返してくれる。さすがマフィア。女を大切にしている。
『ほんとに玄関まででいいの?』
「いいぞ。女にそこまで運んでもらうのはかっこわりーからな」
『…そんなもんなの?』
「そんなもんだ」
ずいぶんおだやかな会話をしているな、なんて。ツナに容赦ない仕打ちを平然とやってのける彼と。
本当の姿はあんなに色気を漂わせて抜群にかっこいい殺し屋と。今だからいうけど、私はリボーンが本当の姿を現したときかっこよすぎて床を転げまわったのだ。
「おまえ今なに考えてる?」
『えっ!』
「からだが強張ったぞ」
思わず立ち止まる。次の瞬間には冷や汗がどおっと噴き出した。
「さっきからおめーはおれと会話してんのにふと考えこんでるときがあるな。なに考えてる?」
『ええっ!そんな…ことは…!』
「おれは読心術が使えるぞ」
『えっ!ちょ!』
なんかそういえばそう言ってたような気がするけど待てよ
読心術っていうのはある一定の条件を満たさないと使えない術じゃないの?たとえば実験とか、その人の性格や考え、趣向や状況判断を熟知してる場合にしか使えなくて、ましてや他人の思考をそっくりそのまま読みとるなんて不可能だ!
「いまも考えてたな」
『だって君が変なこというから!』
まだ冷静な判断はできているらしい。思わずリボーンと口にしなくてよかった。
「イジワルして悪かったな、いくら赤ん坊でも警戒心を持つのは大切なことだぞ」
『へ、?』
「おめーはお利口だって言ってんだ」
ふにゅっと頬にやわらかい感触。視界の端でリボーンの顔がやたら近い気がした。なにいまの?と疑問に思っていると、腕に抱えたリボーンは軽々とそこから降りた。
そこでようやく理解した。いまのって、ほっぺちゅーだ!
「ここまででいいぞ、サンキューな」
気づいたらもう玄関に到着していた。
『あ、うん、いいけど今のって…』
「ただのお礼だ」
『おれー……』
相手が相手なだけに赤くにもなれない頬を無意識に撫でる。お礼か。さすがマフィア。
「おめーみたいに警戒するのは大事だぞ。赤ん坊でも気抜くなよ、手がはやい男はいくらでもいるからな」
『…う、ウイッス』
「じゃあな」
リボーンはニッと口端を吊り上げて笑うと、背中を向けて歩き出した。
なんだこのしてやられた感。
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