《第3話》

「君は――あの時の新入生じゃない」


彼の声は私にとっての絶対零度いやいやむしろエターナルフォースブリザード。つまるところメインキャラであり人気投票1位でもあるが何より並盛を謎の権力で牛耳る彼に声をかけられたことにより一瞬で私は周囲の大気ごと氷結させられたのである。待つのは死のみ!


「ねえ、聞いてる?」

『っひゃいィ!聞いてますぶっ!』


ピトーッと冷たいトンファーが顎をなぞった。硬直していたからだを奮い立たせて思いっきり振り返った。この際噛みたおしたことはどうだって構わない。


「僕がわざわざ君を覚えてて声をかけたんだよ、新入生。ここ生徒何人いると思ってるの?」

『おおおっしゃる通りですはい…』


いいよ別に覚えてもらわなくて!むしろ光栄なんて塵も思わんわ!!
ていうかあなたも新入生が何人いると思ってるんだ。なんだその呼び名は。


「で?」

『…はい?』

「どうだったの、並中」

『………は、?』


トンファーをしまい込んだ雲雀は、視線を反らさずにじっとこちらを見ていた。今やこの校門には私たち以外人っこひとりいない。雲雀が出てきた瞬間この場から全力で逃げ去ったのだ。


「だから、一週間もいれば並中がどんなとこか見る余裕も出てきたでしょ」

『え、あ、まあ…』

「印象とか、改善点とか、今後の参考にしてあげるから話しなよって言ってるんだけど」


そんなこともわからねーのかこのクズみたいな目を向けないでください。私はもうわけがわからん状態なんです。
でもひとつわかったことがあるとすれば、コイツの並盛愛は尋常じゃないってことだ。正直ドン引きである。なんっ…もっとさあ、こう、楽しいこと見つけようよ…。


「君は真面目だからね。そこら辺の中途半端にちゃらついた生徒よりかは参考になると思って」

『どうも……?』

「はやく言いなよ」


雲雀がふと視線を上げると、どこからともなくポマードで塗り固めた髪をリーゼントにしたおっさ…いえ学ランの男子生徒がやってきた。草壁とかいうやつだと思う。私の記憶が正しければ。
草壁さんは素早くメモ用紙を取り出すと書き取る体勢になった。ま、まじかよー。


『えっとですね、その…本。図書室の本をもっと増やしてほしいです』

「何が読みたいの?」

『(言えるか)ていうかそういうのは各々あると思うんで、本の注文票みたいなのを取り付けて貰えれば…』

「ふうん。わかった」


草壁、と雲雀が呼ぶと草壁さんは急いでメモし出した。


「他には?」

『えっ、あー図書室の前の電灯きれかけてましたよ』

「わかった。あとは?」

『こ、購買にパンだけじゃなくおにぎりも置いてほしいです!』

「へえ、なかったんだ。他は?」

『じょ、女子は冬もハイソックスなんですよね?タイツの使用許可を…』

「気づかなかったな…。わかった、許可する」

『そういえば校庭の表彰台壊れてましたけど』

「それ僕がやったから」


おまえかよ。なんてツッコミは必死に飲み込んだ。


『…い、以上です』

「…わかった。参考になったよ」


ありがとう、なんて言葉はかけられなかったが満足げな表情を浮かべてくれたので良しとしよう。私ははやく帰りたい。


「じゃあもう帰っていいよ」

『えっ、いいんですか!そうですかわかりましたさようなら!』


口早にそう告げて雲雀に直角のおじぎをする。足早にこの場を去ることだけを考えた。


「また聞くと思うから、よろしく」


勢いよく振り返ると、そこには悪気のないかおをした雲雀。隣で「委員長が喧嘩以外であんな生き生きとした表情を…!」涙をこらえる草壁さんの言葉はその時の私の耳に入ることはなかった。
非常にまずい事態になってしまった。

そもそも雲雀がたった一度のルート確認を気に入りすぎなのだ。ていうかあれ実際フラフラしながら辿りついただけだからね。私そこまで真面目に生きてないからね。それなのにあれだけで風紀委員専属ご意見箱みたいな扱いに任命されてしまった。最悪だ。入学してからずっと雲雀に会わないように、風紀委員が居そうな場所をスルーしながら過ごしてきたのに。まさかあんな場所で出くわすとは。


「らっしゃいまーせー」


気の抜けたコンビニ店員の声を聞き流しながら惣菜コーナーへ向かう。今日は疲れたからもう夕食はつくらないことに決めた。ひとり暮らしをする前はコンビニにたよらないぞと自炊生活を心に決めていたのにたった一週間であきらめてしまった。まあ、そんなもんだろ。
ふと見覚えのある制服が目に入って迂闊に顔を上げたのがいけなかった。


「あ」

『…こ、こんばんはー』


へらりと笑顔をつくる。目の前のクラスメート、そして漫画の主人公である沢田綱吉も社交辞令程度の笑顔を浮かべた。今日は最高に運がないらしい。


「あっ…俺ボロボロだけど気にしないで!なんでもないから!」

『え、いや、あ、うん』


確かに沢田綱吉はボロボロだと思ったけど、君から言いださなければスルーできたよ!逆に気にしてほしいみたいな物言いにもなっちゃうよ!彼のそういうバカ正直で人に気をつかうところがさらなる苦労を増やしてるんだと思う。


『……どうしたの?』


迷いに迷って、いまさらスルーする空気ではないと判断した私は沢田綱吉にたずねた。
沢田綱吉は一緒身を強張らせると、すぐにはあ〜と脱力する。あ、なんか今から愚痴吐き出しそう。


「実はさあ、今日体育で俺がいるチームが負けちゃって」

『そうなんだ』


まだ授業が始まったばかりだというのに、とっくに「ダメツナ」伝説は始まっていたらしい。


「俺むかしから運動オンチで…まあ勉強もできないんだけど。そんなんだから皆の足引っ張ってさ、失敗ばっかりで結果負けちゃったんだ」

『うん』

「で、イライラして家に帰って、なんていうか情けなくて母さんと顔合わせづらくなっちゃって…金だけもらって外で食おうって考えてたんだ。でも…」


どうやらまだ続きがあるらしい。確かにそれだけじゃボロボロになる要素はない気がする。


「途中で出くわしたカツアゲに金とられていま一銭もない状態…」

『う、うわあ…』


かわいそすぎるよ沢田綱吉!不幸に悲惨がトッピングされて出来上がったのが沢田綱吉じゃないかという考えが出てくる。


『じゃあなんでコンビニなんかに――まさか!』

「ばっ…!ちがうよ万引きなんて考えてないから!家に帰るまでの時間つぶしにコンビニにいるんだよ!」

『なんで?家帰ればお母さんがご飯つくってくれるでしょ?』

「精神的に情けなくて母さんと顔合わせづらいのに、ボロボロになって帰ったらなんて思われるか…」


はあっと彼はまた大きなため息をついた。一応彼にも男としてのプライドがあるらしい。
お母さんに心配かけまいとするその心意気は評価しよう。


「ごめんねなんか…愚痴聞いてもらっちゃって」

『いやいやそれは構わないけど、大丈夫?お腹空いてない?』

「ああー…うん、だいじょ」


ぐう〜と大きな音が聞こえた。目の前の沢田綱吉は恥ずかしすぎて真っ赤な顔を隠している。
私は近くにあったカツ丼をふたつ引き寄せてレジに向かった。


「ごめん…ありがとう秋山さん」

『いいよ、気にしないで』


ていうか名前知ってたことに驚きだ。私と沢田綱吉は夜の公園のブランコに腰かけてカツ丼を食していた。


「秋山さんってさあ、優しいよね」

『えっ』


なんたる事態だ。まさかメイン中のメインキャラから特定のモブに印象を持たれているとは。しかも好感触らしい。そりゃ普通なら褒められて嬉しいと思うけど状況が状況だ。


「あの、俺が入学式で遅刻したときも笑ってなかったし」

『(冷静に観察してたんです)』

「しかもほら、強烈なキャラの輪島さんと友達だし」

『(おもしろがってるんです)』

「そんな秋山さんだから、さっきの愚痴も言えちゃって…ははっ、ごめんねなんか」

『いや、へーきだけど』


どうやら私はすごい遠回りで主人公に好感を与えていたらしい。いやいやそこまで考えて行動してないわ!
しかし入学式の時から気にしてくれているとは…。失敗した。あの大勢でたった一人の違う表情を気にされるなんて…いや逆に目立ったのか。なんてこったい。


『で、でもさ…ほら、京子ちゃんも笑ってなかったと思うよ!』

「えっ!な、なんで突然京子ちゃんが…!」

『え?いや、特別優しい子だから…』

「えっあ、そ、そうだよねー!そうだそうだ…!」


京子ちゃんの名前を出すと、沢田綱吉は真っ赤になって焦りだした。ははーん…もう惚れはじめたなこりゃ。


「きょ、京子ちゃんもさ、言ってたよ!秋山さんは優しいって…自分は輪島さんに怯えちゃったとこもあったからって」

『あー聞き耳したんだ』

「ちがっ…!くはないけど…」

『いや、うそうそ。京子ちゃんにそう思ってもらえるなんて嬉しいなあ。沢田くんもありがとね』


京子ちゃんもメインキャラだから遠ざけてた部分があったけど、まさかそんな印象を持たれてるとは思いもしなかった。どうしよう素直にうれしいし、照れてしまう。


「あと、そうだプリント回すときも、秋山さんってちゃんと振り向いてはいって言って渡してくれるからいい子だなって」

『あ…小学生のときそうしなさいって先生が言ってたんだ。なんかクセになってたみたい』

「そうなんだ、いいことだよね」


そうやって柔らかく微笑む彼を誰が「ダメツナ」と呼ぶのだろうか。さすが主人公、月明かりに照らされたそのススキ色の髪もべっこう飴みたいな瞳もとても綺麗でかっこいいじゃないかと思った。


「それじゃあ…そろそろ帰るね、母さんも心配するし。秋山さん、今日はありがとう!」

『うん、どういたしまして』


沢田綱吉は空の容器をごみ箱に捨てるとそのまま手を振りながら走って帰って行った。
まだ中学1年である彼が「夜遅いし、送っていくよ」なんて紳士的なこと言わなくて本当に安心した。なんて防衛を張るには遅すぎたようだ。私と彼の関係は今夜でただのクラスメートから少しだけランクアップしてしまった。
先生、席替えはいつになりますか。


130218
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