《第2話》

並盛滞在7日目。未だに元の世界に戻れず。

学校の図書室や街の図書館、ネットあらゆるものを駆使したが一向に手がかりになるものはなかった。
わかったことがあるとすれば、この世界にはリボーンに関するものが一切ないということ。まあ、当たり前か。ジャンプはあったけど。

放課後、今日も私は図書室へ向かう。すっかり打ち解けた司書の人に軽く挨拶をして、向こうに並べられたテーブルの一番奥の席についた。
抱えていたいくつかの本をそこに下ろす。「異世界への道100選」「秘境と異世界」「もうひとつの世界」そんなオカルト臭漂う本を一冊手にとって内容に没頭し始めた。端から見れば完全に夢見がちなイタイ子である。ある種の厨二病である。しかし本人はいたって真面目なのだ。
こちとら入学金は支払ってるんだよ!大学の!
元いた世界が今どんな状況かわからないためページをめくる手にも焦りが出る。


「秋山さん」


小さく声をかけられた方を振り向くと、そこには柔らかく笑みを浮かべる男子がいた。


『吉田くん』

「また読んでる――まあ僕も言えたわけじゃないんだけど」


最近知り合った彼、吉田くんは照れくさそうな表情を浮かべて隣の席に座った。
その手には「学校七不思議」「スクープ!UFOは実在した!」「悪魔を召喚する方法」などオカルト系の本ばかりだ。
異世界についての本を熱心に読み込む私をオカルト好きだと勘違いし、彼の方から話しかけてきてくれたのだ。
ううん、わかるよ。私も中学生の頃はそういうモノが好きだった…。ていうかそういうモノに詳しい自分が好きだったというべきか。
つまり何が言いたいかというと、そういう彼に「うんうん今ごめんねこちとら真剣だからね」と冷たくあしらうことは不可能だった。結果やんわり話を合わせた私はオカルト好きの吉田くんと生温く友好関係を深めているのだ。


『…今日はどんな本読むの?』

「今日は初心に返って七不思議を復習しようかなって。秋山さんは今日も異世界なんだね」

『あー…うん。あはは…(学校の七不思議は吉田くん的には初心なのか)』


ちょっとズレてたりするが、吉田くんは基本優しくて控えめで紳士的だ。かと思えば好奇心旺盛だったりする。
なかなかいい人だと思うけど、女子中学生のうちはただ優しいだけの男子よりキラキラ汗が眩しいスポーツ万能タイプを選んでしまいがちだ。つまり山本武のような。そうそう山本武といえばわずか一週間でクラスの人気者の地位を確立してしまった。入学後初めての体育のスポーツテストが決めてだったんだろう。そんな山本と比べてみると、女子中学生の目には吉田くんが霞んで見えるのだと思う。
精神年齢18歳の私が選ぶとしたら公務員タイプの吉田くんだ。将来性がある。お金に困ることはないだろう。結局人生は安定が大事なのだ。
そうだもしも原作とうっかり関わりそうになったときは吉田くんのとこに逃げよう。吉田くんとフラグを立てよう。このままこの世界に居続けるとしたら吉田くんに公務員の道を勧めていつか結婚してもらおうじゃないか。だれもモブの恋路まで追っかけようとはしないだろう。


「あ、の、秋山さんっ。僕のかおに何かついてる…?」

『(ガン見してしまってた)ごめん、なんでもない!』


私はごまかすように吉田くんの頭を撫でくりまわした。
もっとも、弟とほとんど同じ歳の子は恋愛対象としてもう見られないけど。
思わず本当に弟にするように吉田くんの頭を撫でてしまった。そういえば、弟に借りてリボーンを読んだんだっけ…。元気にしてるかなあ。ずっとごまかしてたけど8巻の表紙にらくがきしたの私なんだよなあ。でももう時効だよね!
吉田くんは、撫でている最中照れくさそうだけどじっと静かに受け入れてくれていた。ウチの弟とは大違いだ。

こちらに来て初めて友達といえる存在になってくれた吉田くんは本当にいいヤツなのだ。しかし彼は惜しくも隣のB組の生徒。たとえば授業中にペア組んで何かしろと言われても吉田くんとペアになるのは叶わない。デリケートな中学生という時期に孤立してしまうと後々やっかいなことになる。便所飯とかね。まあA組には天使のような京子ちゃんがいる限り女子の間でそんなことにはならない気がするが、実はなかなか危ない子がいた。


『あっ、メール』

「え!ちょ、秋山さん!校内で携帯扱っていいのは風紀委員だけだって先生が言ったのに…!」

『バレへんバレへん』


隣で真っ青になりながらも、私を隠そうと少しだけ前のめりになる吉田くんはやっぱりいい子だ。
メールの内容はといえば、思った通り彼女からのメールである。


『吉田くん、私そろそろ帰るね』

「えっ、もう?…うん、わかった。また明日ね」


突然立ち上がった私を不審に思わず、吉田くんはにっこり笑って手を振ってくれた。癒しだ。
手にとっていた3冊の本をもとあった場所に押し込んでから図書室を後にした。
そのまま左へ進んだ曲がり角にある階段を2段飛ばしで駆け上がって1‐Aの教室へ向かう。そこには私を待つオヒメサマがいるのだ。なんつって。


「遅いわ!」

『あーゴメンネ?』


夕日が差し込む教室でひとり待っていたのは、眉も目尻も吊り上げてしまっている女子生徒である。その名も輪島花子。スペックを簡単に言うならわがままな金持ちお嬢様だ。そして私の友人でもある1‐Aの生徒。


「メールをしたらすぐに来なさいと言ったでしょ!」

『ごめんってー、これでも急いだんだけど…』

「言い訳無用!さあ、帰りますわよ!」

『イエッサー大佐』


お察しの通り彼女は高飛車である。入学当初から自分勝手で世間知らずで人を見下した発言をかましていた彼女はクラスの皆から一線を引かれていた。その中で京子ちゃんは唯一無邪気に彼女に話しかけたのだが、彼女はそれを拒否した。それ以降京子ちゃんも彼女に近寄り難くなってしまったのだ。彼女は完全に孤立していた。そんな中で彼女に近寄った人物がいた。私である。言っておくけど同情とかで彼女に近づいたわけじゃない。ただ単純におもしろいと思ったからである。そんなベタなお嬢様キャラが近くにいるとか!とうずうずしちゃったのだ。しかも大概そういうキャラは根はイイヤツが多い。彼女のおかげでなかなかおもしろい学生生活を送らせてもらっている。


「ん!」

『…ん?』


彼女は睨むようにして自分の鞄をこちらに突き出している。


「すっとぼけないで!はやく私の鞄を持ちなさいよ!」

『えっ、私が?』

「そーよ光栄に思いなさい!私の鞄を持たせてあげるのよ!」


ちょっと顔を赤くさせてそっぽを向いている彼女に、まあ通常の人間ならはぁ?何様だてめーと半ギレになりそうだがこれはちょっと彼女がズレているだけなので許してほしい。その行為は彼女の精一杯のデレ(のつもり)である。
彼女は、私のパパがシャネルにつくらせた特注品の最高級通学鞄をこんな機会に見せてあげるわっていうか持たせてあげるわ!と言いたいのだ。彼女なりのお礼のつもりだ。…もう一度言うけど彼女はズレている。


『…花輪さん、せっかくだけどそれはいいよ』

「なっ…!人がせっかく――」

『友達同士、下校するときはこうして帰るんだよ』


私は自分の右手で優しく彼女の左手を掴んだ。


『――手を繋いで、仲良く帰るの』


彼女はボフッと顔を真っ赤にさせると、小さく頷いてすっかりおとなしくなってしまった。私はそのまま彼女の手をひいて教室から出たのだった。


『(まあ普通手繋いで帰らんがな!)』


いくら仲良しだとしても毎日手を繋ぐことはないだろう。少なくとも私たちの頃はなかった。常識知らずの彼女にうその知識を植えつけ、恥ずかしそうにしぶしぶ受け入れる彼女を見るのが最近の趣味になってきたのだ。
余談だが、私は彼女のことを「花輪さん」と呼んでいる。由来はと言えば毎週日曜の夕方にあるあのアニメに出てくるキャラからである。そのキャラは金持ちのお坊ちゃんのくせに平々凡々の普通の小学校に通っている。彼女と似ているのだ。彼女はお嬢様であるが常識知らずのバカだ。親も立派な学校に通わせるのが恥ずかしかったからここ並盛中に通わせているのではないかと考える。いやあ、心中お察しします。
初めて『じゃあ花輪さんって呼ぶね』と宣言したときもちろん彼女は不服そうにしたが、『愛称って言って、仲良くしたい人の名前をもじってつけるんだよ』と言ったら「ま、まあ…ダッサいけど我慢してあげますわ!」と照れたようにコロリと態度を変えたからチョロかった。


「じゃ、じゃあ…さよなら千尋さん!」

『おおっ!ん、ばいばーい』


花輪さんを無事校門前の高級車まで送り届けると、彼女は真っ赤な顔で不機嫌そうな表情をつくりながら別れの挨拶をしてくれた。彼女にしては立派である。
それを物語るかのように、傍に立っていた花輪さんのじいやさんは涙を流しながら私に深くお辞儀をした。うむ、お嬢さんは私におまかせください。

濁った煙を吐き出しながら高級車が遠ざかっていく姿を手を振りながら見送った。
そういえば今日は何の収穫もなかったなあ、もう帰るかと足を踏み出したとき、おだやかな風がピリリと荒立った気がした。


「君は――あの時の新入生じゃない」


視界の端で学ランがなびいている。
ああ、純粋無垢な花輪さんにいたずらしたのが悪かったのだろうか。


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