《第27話》


『えっ?病院で...た、誕生日パーティー?』


休日の朝、フゥ太と一緒に朝食のホットケーキを焼いていたら奈々さんからメールが届いた。
作業の手を止めてメールを読むと思わず声が出てしまった。
火にかけたホットケーキの生地からフツフツと小さな穴が出てくるのを待っていたフゥ太が不思議そうにこちらを見る。


「“ツナ兄”のママンから?」

『う、うん。それがさ、昨日ツナが死ぬ気でマジックやったから骨にヒビが入って入院しちゃったみたい』


実は昨日リボーンからお誘いがあったが、丁重にお断りしていたリボーンの誕生日会...というかボンゴリアン・バースデーパーティー。
ツナ達と仲良くなるって言ったのに参加しなかったのか、と言われてしまえばそこまでだが、やっぱり原作回に積極的に関わろうとは思わない。何かと大変な目に合うことが容易に考えられるから...。
参加できない変わりに、リボーンには最近見つけたお気に入りのコーヒーショップのブレンド豆をプレゼントした。喜んでくれたから強制参加は免れた。


「死ぬ気でマジックして入院!?うわあ、僕、ますますツナ兄に会いたくなってきたなあ」


ツナの話をすると、らんらんと目を輝かせるフゥ太。たぶんもうちょっとで会えるからね、と続ける私に楽しみと笑うフゥ太。その表情には出会った時に見せた私を疑う感情はない。ずいぶん心を許してくれたんだと思って嬉しくなる。


『それで奈々さんが病室で一緒に誕生日パーティーしてくれない?って。今日はツナの誕生日だから』


漫画の話にあったから、リボーンの次の日がツナの誕生日だということは覚えていた。ちょっとしたプレゼントも購入済みで、月曜に渡そうと思っていた。


「僕は大丈夫だから行ってきてもいいよ?」

『でも...』

「最近の千尋はなんだか...ホッとしてて明るい感じがするんだ。それってきっとリボーンやツナ兄達のおかげなんでしょ?」


焼きあがったホットケーキをお皿に移しながらフゥ太が言う。驚く私をよそにフゥ太はにっこりと笑顔を浮かべた。


「僕はね、千尋のことが大好きだからわかるんだ。あの日以来、千尋が今まで以上に安心してよく笑うようになったなって。あと、友達の花子姉以外の、ツナ兄とか武兄とかの話もよくしてくれるようになったでしょ?」

「それってやっぱり、あの日リボーンとツナ兄に何か...救われたんじゃないかなって。千尋が安心して笑えることは僕にとっても嬉しいことだから」


にっこり笑うフゥ太が、今の発言も相まって少し大人っぽく見える。フゥ太...と感激している私に、その変わり、とフゥ太が続ける。


「その変わり、一つだけわがまま言ってもいい?...今夜は千尋と一緒に寝たいなあ...だめ?」


あっ、その小動物のような瞳見たことある!うるうるの目で見上げてくるフゥ太に、大人っぽく見える時もあるけどやっぱりまだまだ甘えたい盛りなんだなあ、と保護者(仮)として嬉しくなる。
いつまでも可愛い弟のような存在だ...口には出していないけど表情からダダ漏れだったようで、フゥ太は無感情の目をこちらに向けていた。えっなんでそんなおこってるの!?













「......よぉ」

『あ、獄寺くん』


家を出て奈々さんに教えられた病院に向かっていると、後ろから聞き覚えのある声をかけられる。振り返ると、洋服を着崩してアクセサリーをいつもよりたっぷりつけた獄寺くんだった。そういえば私服姿はじめて見たかも。


『獄寺くんもツナの病室向かうところ?』


奇遇だねー、と声をかけると「...ああ」とそっけない返事が返ってくる。獄寺くんの対応がつれないのは普段通りだけど、なんだか落ち込んでるような...?


『...なんかちょっとしょげてる?』

「しょっ...!げては、ねぇよ...」


真っ赤な顔で声を荒らげたのは一瞬で、みるみる内に声を萎ませていった。おやおや?珍しい反応だな。
獄寺くんはまっすぐ前を見たまま歩いているけど、歩幅は私に合わせて歩いてくれていた。隣に並んできたから、これはチャンスと彼の表情を見ようと覗き込むが、隠すようにそっぽを向かれる。
それを何度か繰り返すと、獄寺くんは呆れながらもちょっとだけ笑ってやっとこっちを向いてくれた。


「おまえなぁ...」


ぺちりとおでこを軽く叩かれる。


「なんだよ、変にしつこくきやがって」


言葉は荒っぽいけど、その表情はびっくりするほど柔らかい。黙ったままじっと見つめ返すと、獄寺くんはうろたえつつ頬をかいて「あー...」と困ったように息を洩らす。


「別に、言うつもりはなかったんだけどよ...。昨日、おれ、10代目にケガさせちまったんだ」

『ケガって、マジックしたときの?』

「...聞いてたのかよ」


ふと蘇る原作の一コマ。たしかパーティーでの獄寺くんの出し物はマジックで、刺した本物の剣をツナが気合いでというか死ぬ気で避けていた。その結果全身の骨にヒビがはいっちゃって入院したらしい。いやよくヒビだけで済んだな。


『大丈夫だよ。きっとすぐ治るよ(そういう世界だから...)』

「そこはあんまり考え込んでねーよ。なんてったって10代目は強靭な肉体をお持ちだからな」


そこは罪悪感があってほしかったという言葉は飲み込んで、真意を探るために獄寺くんを見つめる。...ああ、そうか、なるほど。


『......楽しかったんだ?』


そう聞くと、獄寺くんはそっぽを向いて「わりぃかよ」と呟く。悪いわけないでしょ、と笑うと決まりが悪そうに目を泳がせた獄寺くん。


『あの時間をツナにとっても楽しい時間のままにしたかったんだね』


返事がない代わりに、小さく息を吐いてから観念したようにぽつりぽつりと口を開く。


「おれは、全部はじめてだったんだ。ああやって集まって誰かを祝うことが」

「......それに、10代目の役に立とうといつもはしゃぎすぎちまって、から回って、失敗ばっかりだ...ってクソ、こんなことまで言うつもりなかったのに...」


獄寺くんはガシガシと頭をかく。そして、いまだにこにこと頬を緩ませる私を横目で見たあとに、大きなため息をついた。


「そういえばてめーは最初から10代目に会えてたんだな」

『最初って入学式のこと?まあ、そうだね』

「10代目が前に言ってたよ、お前のこと。山本も......もっと早く仲良くなりたかったって」


消えそうなくらい小さな声だった。そう言ってそっぽを向いたため、彼の真意は読み取れなかった、し、なんだか読み取ってほしくなさそうだったから、私も獄寺くんから視線を外して独り言のように口を開く。


『...なんか獄寺くん変わったよね。最初の頃より気持ちに余裕があるというか』

「...何が言いたいんだよ」

『机蹴られたときは焦ったなー』

「棒読みじゃねーか!ってかそれは悪かったって言ってんだろーが!」


私たちの間に流れる空気がいつもの姿に変わった。獄寺くんは怒っているように見えるが、ちょっぴりホッとしたように肩を落としていた。


「つーかおまえこそ最近ちょっと変わったんじゃねーか?」

『そう見える?』


いたずらっぽく笑い返すと、だからそういうとこだよとぶつぶつ言う獄寺くん。なんだか軽やかな気分のまま、一歩前に足を出す。


『獄寺くんが大切になっちゃったってことだよ』

「.........は!?」

『あ、獄寺くんたちがってことなんだけど...聞いてんのかな』


今のは語弊があったかもしれない。けれどまあ、真っ赤になってうろたえる獄寺くんが面白いからこのままにしておこう。
なんてひとり笑いながら獄寺くんより先を歩いていると、なあ、と少しだけ固い声色で声をかけられる。振り返ると獄寺くんが真っ直ぐ私を見ていた。


「さっきの話だけど」そう言って真っ直ぐ視線を合わせていたその緑の瞳を、一瞬だけ彷徨わせると、もう一度真っ直ぐ視線を合わせた。


「...おれもお前にもう少しはやく会いたかったよ」


そう言って小さく微笑む獄寺くん。そんな表情もできるのかとびっくりして、その発言に対して何も考えずに反射的に返す。


『...オカルト話ができるから?』

「ばーか。.........そうだけど、そうじゃねーよ」


あほみたいな私の返事に獄寺くんは屈託なく笑った。














『し、失礼しまーす...』

「10代目ぇ!お体の具合はどーですか!?」

『ちょ、声大き...』


あれから無事...というわけでもないが、なんとかツナの入院する病室に辿り着いた。控えめに声をかける私に対し、先ほどまでのしおらしさを置いてきた獄寺くんが病室に飛び込んでいく。


『獄寺くん!千尋!』

「なんだ、ふたり揃って来たんだな〜!」

「あらいらっしゃい、ふたりとも」


ツナがあっと声を上げて笑顔になる。奈々さんと山本はすでに到着していたようだ。


「って千尋どうしたの?なんか疲れた顔してない?」

『いやぁ...大変だったよ。獄寺くん、行く先々でケンカふっかけられて』

「だからそれはおれのせいじゃねーっつの」


そう、実はあの後からこの病院に着くまでの間に数々の不良にケンカを売られまくっていた。そのため予定より病室に到着するのが遅れてしまったのだ。
「獄寺の女か?」なんて勘違いしてる不良もいたしもうこれから怖くて外歩けないじゃん...。


「あらあら、千尋ちゃんと獄寺くんって仲が良かったのね。妬けちゃうわねぇ、ツナ」

「な、何言ってんだよ!ていうかなんでおれが妬くんだよ」

「何っていつも家で千尋ちゃんの話してくれるじゃない。最近はとくに」

「それは母さんが千尋のこといつも聞いてくるからだろ〜!?自分はメールでやり取りしてるくせに」


謎の言い合いを始めた沢田親子。その内容は置いといて、思ってたよりツナが元気そうで何よりだ。


「まあまあ、みんな揃ったことだしさっそくはじめようぜ!」


沢田親子の言い合いをほがらかに収めた山本が、クラッカーを取り出す。奈々さんはケーキをツナの前のテーブルに置いた。―――ああ、ほんとうになんて不思議な光景なんだろう。ちょっと前までは想像もしてなかった。こんなふうにツナの誕生日をお祝いしているなんて。
そうして、病室になってしまったがささやかな誕生日パーティーがはじまった。


『ツナ、最近ケガが多いみたいだから』


山本、獄寺くんと続き私もツナへのプレゼントを取り出した。男子中学生が喜ぶような派手なものじゃないけど、と心の中でつけくわえてツナに渡す。
ツナは頬を紅潮させて、開けていい?とたずねた。山本や獄寺も興味深そうにプレゼントの包みを開けるツナを見つめる。


「わ、これ...ポーチ?すごい、27とマグロのワッペンつきだ。中身も入ってるの?...あっ、絆創膏に包帯にちっちゃいハサミも入ってる!」

「まあ、救急ポーチね」

『ふふ、正解です』


これからのツナに必要なものを考えて真剣に選んだ結果がこれだけど、誕生日プレゼントとしてはあまりに渋い気がしたので市販の救急ポーチに自作のワッペンをつけて渡した。
自作と言っても、アイデアはツナのお気に入りの私服や京子ちゃん達のお守りからだけど。


「うわー嬉しい!ありがとう千尋」

『どういたしまして。絆創膏も包帯も、減らないのが一番なんだけどね』


そうも言ってられない状況のようで...という言葉は飲み込む。今この場にリボーンはいないが、ニヤリと笑う彼の顔が安易に想像できた。


「そういえば、昨日はハルちゃんがお見舞いとお祝いに来てくれたのよね」

『そうだったんですか。私も会いたかったな』

「ハル、部活の大会が近いから今日はゆっくりできなかったみたいなんだ」


奈々さんに続いて、ツナがそう言いながら花瓶に活けられた綺麗な花を見る。その腕には私たちが渡したプレゼントを大切そうに抱えている。幸せそうな顔してるなあ、と思わずこっちまで嬉しくなる。


『ハルちゃんからのお花、せっかくだから水替えてくるよ』

「じゃあ私も一緒について行くわ」


そう言って奈々さんも一緒に病室を出る。扉を閉めた病室からツナと山本と獄寺くんが楽しそうに話す声が聞こえてくる。その声を聞いた奈々さんが嬉しそうに微笑んだ。


「ツナ、自分では言わないけど友達が祝ってくれる誕生日ってはじめてらしいのよ。ほんとうに...幸せ者よねえ、あの子」


そう言って、愛情深い眼差しを扉の向こうのツナに向ける奈々さん。
ツナ本人も言っていたが、突如として状況が変わったこの数ヶ月。大変な毎日だけど、以前とは比べ物にならないくらい楽しい日々が続いているはずだ。きっとこのツナの変化は、ツナの一番近くにいた奈々さんも強く感じていたはず。


『私もこうやってツナと友達になれて...誕生日もお祝いできて幸せです』


たくさん悩んだけど、今ではほんとうにそう思う。
心の底からの言葉を伝えると、奈々さんがにっこりと笑い返してくれた。


「あの子優しいけど、ぐうたらだし臆病だし、情けないかもしれないけど見捨てないでやってね」

『ふふ、はい』


洗い場について花瓶を洗っている隣で、奈々さんはちょっとだけふざけたように、悩ましげにため息をつく。


「あとはいつ可愛い彼女を連れてるかってことかしら...」

『えー?気が早いですよ』

「んーそうよねぇ。ツナってばそもそも自分の気持ちに気づいてないところがあるから...」

『そうですか?わりと自覚してるような...?』


そう言って京子ちゃんを思い出すが、奈々さんはうーんと悩ましげだ。ハッ!もしかしてハルのことを言っているのだろうか?
京子ちゃんとハル、息子の嫁として来てくれるならたしかにどちらも悩ましい...。


「山本くんも獄寺くんもかっこいいから手強そうなのよねぇ」


私もツナの立場になってうんうんと考えていたらそんな言葉が耳に入った。ん?山本に獄寺くん?


『ふたりがツナのライバルになりそうなんですか?』

「そりゃそうよ。あの子達だって自覚しててもおかしくないはずなのにねぇ」


奈々さんは至極当然のように頷いた。
えっそうなの!?実は私が気づいてないだけで、ふたりも京子ちゃんかハルのことが好きなの...!?
知らなかった...。私の知らない間にそんな事態になっていたとは。自分の鈍さに愕然としていると、奈々さんが私向かって笑顔で親指を立てた。


「そんなわけで千尋ちゃん、私はいつでも恋の相談に乗るからね!」

『えっ?なんで急に私の話に?』



200602
title by とだな
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