《第26話》
長い夢から覚めたようだった。
誰にも言えなかった心の内をリボーンに打ち明けた。私は泣きじゃくってるから聞き苦しかっただろうし、面白くもない話だったと思う。それでもリボーンは相槌を打ちながら静かに聞いてくれた。私のことを知る人がいるってだけで、胸の奥の方からじわじわとあたたかい気持ちが溢れてくる。
やがて、私が泣き止んだタイミングを見計らってリボーンが唐突に口を開いた。
「...俺の本当の姿を知ってるんだったな」
『え?うん...』
「元の姿だったらおまえを抱きしめられたのにな、それができないことがもどかしいぜ」
『えっ...と、なぐさめてくれるのは嬉しいけど...』
元の姿のリボーンにそんなことされたら心臓がもたないよ...とドギマギしながら視線を泳がす。視界の端でリボーンがニヤッと笑った気がした。
その後、リボーンはずいぶんと穏やかな口調で、これからの話をしてくれた。
「約束事を決めるぞ」
『約束事?』
「ああ。おまえはこれから起こる全てを知っているってことは、ツナ達がこれから立ち向かう脅威や試練のすべてに対して何が起きても止められないってことだ」
その言葉で、ツナ達が戦うシーンが脳裏に蘇る。骸にザンザス、白蘭...。親しくなってしまった今だからこそ、彼らがこれから立ち向かう敵の非情で冷酷な姿を思い出してゾッとする。
「きっと誰かが大怪我をしたり、死にかけたりすることもあるだろう。言えないことを悔やむときが必ず来る。...知っていたのに、私は止められたはずなのにってな」
「この先、そうやって何度も自分を責めるときがくるだろう。もしかしたらすでに経験してるのかもしれねーが」
その言葉で山本が骨折したときのことを思い出した。そうだ、これから先、あれ以上の辛さが何度も何度もやってくるんだろう。
「でもな、これだけは約束してくれ。絶対に自分を責めるんじゃねえ。どんな事態になろうとも、それはツナ達にとって乗り越えなければならないことなんだ。だからおまえが言えないことで起きた事象だとしても、絶対におまえに罪はねえ」
リボーンの真剣な瞳が私を貫く。
「どんなに辛くても絶対に俺たちから離れようとするな。ツナ達の生き様をちゃんと見守ってやるんだ。おまえがこの世界に来たのは予言や忠告をするためじゃない、別の意味があるんだよ」
『別の意味...』
「ああ、...まあもっとも、ツナ達はもうそれを知ってるがな」
別の意味とはいったい何なんだろう。首をかしげる私にリボーンは小さく笑っていた。
そして、小さな笑い声が遠くの波に乗って流れていく。不思議なくらい穏やかな時間だった。
その後もリボーンは、ただの一度だってこれから先のことを聞こうとはしなかった。
リボーンに送られて家に帰ってくると、フゥ太がダイニングテーブルに突っ伏して眠っていた。私が帰ってくるのをずっと待っていてくれたんだろう。
『泣いたの...かな』
目尻が赤い。動揺した姿を見せてしまったから、きっと不安にさせたのだと思う。フゥ太をベッドまで運んで、私も眠る準備をしようとしたけど、なんだか胸がいっぱいで、今夜は眠れそうになかった。
少しだけ夜風にあたって心を落ち着かせようかな、そう考えて静かにアパートの下まで降りた。
今日まで本当にいろいろあったな。アパートの下の公園でツナの愚痴を聞いたんだっけなあ、と公園を通り過ぎながら思い出していたら、見覚えのある人影が向こうから歩いてきた。
『って......沢田くん?』
「えっ!?秋山さん!?」
なにやってんのこんな時間に!と怒ったようで呆れているような、それでいて心底心配しているような表情でこちらに駆け寄ってきたのは、今思い出していたツナ本人だった。
『沢田くんこそ、どうしたのこんな時間に』
「おれはなんだか眠れなくて...あと、こう言うと気持ち悪いかもしれないけど...秋山さんに会えそうな気がしたから」
心配したんだ、と、さっきまでうろうろさ迷っていた視線をまっすぐ向けてくる。
今まで私は、沢田くんのこの視線がちょっとだけ苦手だった。まっすぐで、優しくて、あたたかなこの眼差しが。私の弱い部分の何もかもを見透かされそうな気がして。
『うん、大丈夫だよ。...ほんとに、もう...ずいぶん楽になったの』
ーーーでも、もうこの眼差しをきちんと受け止めても良いんだって、そう思えたから。
沢田くんの目をまっすぐ見つめ返して、微笑んだ。
『私が沢田くんを呼んだのかもね』
そうやっていたずらに笑うと、沢田くんは一瞬びっくりして、その後すぐにやわらかく頬を緩ませた。照れくさそうに、幸せそうに、笑い返してくれる。ああ、″ツナ″ってこんな風にも笑うんだなあ。
「おれさ...リボーンと出会ってから山本や獄寺くんとか...友達が増えたんだ。確かにめちゃくちゃで困ることの方が多かったりするんだけど、それでもやっぱり前とは比べられないくらい楽しくって」
うん、知ってるよ沢田くん。私、君のことはきっと君よりもよく知ってる。リボーンはただきっかけをくれただけで、本当は君がたくさんの人達に愛される人だってことを。
でも、と沢田くんは続ける。
「でも、よく思い出してみたらさ、秋山さんとはリボーンと出会う前から出会ってて...それで今も変わらず仲良くしてくれる、おれにとってすごく貴重な存在っていうか」
「だからそのつまり......あー...」
決まりが悪そうに、さっきとは打って変わって視線を外したまま、ススキ色の豊かな髪の毛をくしゃくしゃと手で掻き回す。耳が真っ赤だ。まるで告白のワンシーンかのよう。
「......... 千尋って呼んだら...おこる?」
そう言ってあんまりにも真剣にこちらを伺うもんだから、思わず吹き出してしまった。
『ふふっ......やだなあ。おこんないよ、ツナ』
きっともう、ただのクラスメートには戻れないところまで来たんだろう。私も、ツナも。
だったら、彼らのこれからを許されるところまで見守りたい。どちらにせよ別れが辛くなってしまうなら、もっと仲良くしていたい。
リボーンに打ち明けた出来事は私に明らかな心境の変化をもたらした。
「改めてよろしく、千尋」
『よろしくね、ツナ』
さあ、幕が上がる。
客席で拍手をしていた私の手をひいて舞台に上げるのはこの作品の主人公。
もう出会う前には戻れない。
この先の物語は誰にもわからない。それが不安であり、ちょっとだけ楽しみでもあった。
貴方たちはこれから辛くて悲しくて、それでいてかけがえのない日々を歩んで行くのだろう。私はきっと何の力にもなれないけど、それでもこの世界に許されるまで見守りたい。
いつかのさよならのために。最後に綺麗に幕を下ろすために。
200507