《第20話》

『本当にごめんなさい…』


ムスッとしたかおのフゥ太と土下座する勢いで謝る私を隔てるのはテーブルにのったパンとジャムの瓶。


「なんでもっとはやく言ってくれなかったの?」

『いやあの何度も言おうとしてたんだけど、こう、フゥ太の悲しい顔を見たくなくって…ゴメンナサイ』


今となっては何を言っても言い訳だ。
ちらりとフゥ太の表情を伺うと、額に手をつけてため息をついていた。
…そんな大人っぽいかおもできるんだね…。


「とりあえず話のつづきは帰ってからしよう。今日は昼までなんでしょ?」

『う、うん。今日は始業式が終わったら即効で帰れます!いっしょにお昼食べれます隊長!』

「ふざけてたらおこるよ、千尋」


ふざけてないですゴメンナサイ…そう呟きながら、今日から学校が始まることを伝え忘れていたせいでお叱りを受けていたが、なんとか回避できて内心ホッとする。
でも昨日はいろいろあって、フゥ太とわかりあえてすごく満足してしまってたんだもん…という言い訳はもうしません、ハイ。

制服のシワを伸ばして、ローファーを履いていた私の背中にフゥ太がのしかかってきた。



「千尋、今夜はハンバーグがいいな」

『わ、わかった。腕によりをかけておいしいのつくるね!』

「たのしみにしてるね。あと……いってらっしゃい」


うしろを振り返ると、照れくさそうな笑顔を浮かべたフゥ太の顔が近かった。
見送られるって、そういえばこんな気持ちだったな…なんて。
『いってきます』ぎゅうっとフゥ太を一度抱きしめて家を出た。




「おい!そこの並中女子生徒!」


家から出て、なかなか上機嫌で通学路を歩いていると、背後からそれはもう大きな声をかけられた。
反射的に振り返ろうとする前に、腕に強烈な痛みを感じてそれは叶わなかった。


『いででででででで!?』


いったい何が起こってるの!?私は何者に襲われてるの!?
ひねり上げられた腕を背中に密着させたポーズを強制的にとられている。普通に暮らしていれば、そんな無茶な格好好き好んでするはずがない。慣れていない体勢にからだも悲鳴を上げている。
突然やってきた恐怖と痛みにひたすら耐えていると、突然パッと腕を離された。急いで振り返って犯人の姿を確認した途端固まった。


「最近不審者が出没していると聞く!今みたいに何も対応できずにいるとすぐに誘拐されてしまうぞ!気をつけろ!」


気をつけろじゃないんだよおまえが不審者がじゃないのかなんて文句すらぶっ飛んでしまった頭の中。
たったひとつの単語だけが浮かんでいた。


『さ、笹川了平……?』


それはほとんど無意識に唇からこぼれおちていた。


「ん?なんだオレのことを知っているのか?」


私の魂も唇からこぼれおちた。
聞き間違いであってほしかった。まさかだと。
銀色の短い髪の毛に鼻の頭に貼っているキズバン。制服を着ていてもわかる中学生らしからぬ体格。
まさかだと思った。脳内で危険信号が鳴り響いていた。だが、しかし、記憶のそれとあまりに一致していたのだ。


「ハッハーンなるほど!ボクシング部に入りたかったが間違えて女に生まれてしまったんだな!しかし悪いがおまえのようなヒョロそうな奴は戦力外なんだ!すまん!」

『すまんじゃねーんですよなんで性別から否定しました!?だれもアンタみたいなのがいる部活に入りたいとは言ってないですこの脳筋っ…』

「まあ喜べ!サンドバッグなら空いている!」

『ヒイイイすみません訂正します主将様!!』


太陽のような笑顔のままありえない力で頭をグワシと掴まえられた。


「ハッハッハッ!聞き分けがいい奴は好きだぞ!」


命の危機が間近に迫ると人間回避することに全力をかけるのだと学びました。
それにしても笹川了平ってこんな人だっけ!?
熱くて一直線バカだけど仲間を思いやる気持ちがあって、京子ちゃんにはいい兄だったし…あれ?もしかしてモブにだけこんな対応なの?あれ?こわっ


「なにをブツブツいってるんだ!」

『モガフッ』


笹川了平に3本指を口の中に突っ込まれて強制的に黙らされた。なにしてんだコイツ!?周りで登校していた人もギョッとしてこちらを見ている。だというのにこの脳筋は何も気にしないようなめちゃくちゃいい笑顔…ハハハオーケー敵認定いたしました!


「ん?なんだその反抗的な目は!面白いやつだな!」

『フゴ〜!フゴゴゴッおえっ』


あっコイツ!すごいぜんぜん手離してくれない!顎がっちり掴まえられてる!
無理やり離そうと精一杯脳筋先輩の腕をひっぱるがびくともしない。むしろ面白がってもっと奥につっこまれて口内を弄ばれて喉から嗚咽がもれた。こいつ本当にぶっ飛ばしたいんだけど…!


「な、何だ…?」


口の中の不快感に生理的な涙が出そうになったとき、周りの人たちがザワリと騒いで一斉に上を見た。それに脳筋先輩が気を取られた瞬間思い切って腕を引っ張るとスポンと口から抜けてくれた。アンタ唾液とか気にしないんですか?


「1−Aのダメツナだ」

「!」


騒ぎの元凶はまあ予想通りというか沢田くんだった。鬼の形相で裸のままこちらに近づいてくるのを目の当たりにしたらさすがに事情を知っててもこわい。
だというのにこの笹川了平は「まちな」と沢田くんの腕を掴んだ。その瞬間、沢田くんのパワーに負けて飛ぶようにこの場を連れ去られてしまった。


『…ざまあみろ!』


遠ざかる憎き背中に小さな声で吐き捨てた。
なんで…なんであっちから近づいてきたの…?対処の仕様がないんだけど…と肩を落とす。今度からなるべく会わない努力をしないといけないと心に誓って学校へ向かった。






『先生、少しお話があるんですけど…』


始業式が終わって、青い顔の沢田くんが一人教室を出たあとに楽しそうにゾロゾロと教室を出て行った獄寺山本京子ちゃんをこっそり見送ったあとに私は職員室にいた。


「おーう秋山じゃねえか。どうした?珍しく宿題でも忘れたか?」

『ちがいます。だいたいお前はちゃんとやってんだろって宿題集めさせて持ってこさせたのは誰ですか…じゃなくて!』

「おーこわい顔してら。嫁の貰い手がなくなっちまうぞー?あ、おれが貰ってやろーか」

『はあ…もういいです。あのですね、お話っていうのは』


この言動からしてわかるようにちゃらんぽらんな担任の御子柴先生は、私にとってあの季節はずれの肝試し親睦会の時から尊敬することができなくってしまった先生である。それを知ってか知らずか何かとこの人は私にちょっかいかけたり、使いっぱしりにしたりするもんだからさらに好感度が下がっていく…のに気づいてないのだろうか。


「…つまりなんだ?お前は親戚のガキを預かったからこれから早退や欠席が増えてしまうかもってこと?」

『そ、そうです…』


フゥ太を親戚の子とした前提で、これから起こりうる事態を先に担任に伝えておくべきだと判断した。
しかし話終わって、なんだかこの担任は読めない表情をしている…困ったような、怒ったようなそれに少しだけ身構えてしまう。やっぱりまだ義務教育中だからだろうか…。


「おまえさぁ」

『は、…いっ!?』


ぬっと大きな手が伸ばされてきたかと思えば、わしゃわしゃと頭をなでられた。


『な、なんなんですっかっ…!』

「おまえはほんとよー、ちょっと頑張りすぎじゃねえの?」

『へ?』

「親が死んで親戚の家から中学で一人暮らしはじめて、無遅刻無欠席で風紀委員に気に入られてるし、授業態度は真面目だし、それに問題児獄寺と仲良くしてもらってるし」


呆れたような笑みを浮かべて、喋りながらずっと私の頭をなでたままの先生。そんな顔はじめて見て戸惑う。


「考え方とか行動とかどこか垢抜けてるし…それに加えてガキの面倒みるなんて生き急いでんのか?」


御子柴先生それセクハラになりますよ、と向かい側の音楽の先生からたしなめられて「へいへい」と面倒そうに手を降ろして、椅子に深く座った体勢からじっと私を見上げる。


「一応これでも担任だから。ちゃんと見てるから安心しろってこと」


おまえがおれのことどう思ってるかは別として、と拗ねたように唇をとがらせた先生にハッとする。


「なんだよ図星かよ。うわー傷つくなー」

『棒読み、です』

「うっせー。…まあとりあえず、これからはガキの面倒に集中できるように協力してやるから安心しろよ」


それにしてもちょっと安心したよ、おまえ何も言わずにひとりで無茶しそうだから。卓上のプリントに視線を落としながら先生はそう呟いた。私はなんだか羞恥でかおが熱くなってる気がしたのでそれはとても都合がよかった。


『先生…ありがとうございます。…というか色々本当にちゃんと見てたんですね』

「まーお前はとくにな。大丈夫、かわりにこれからも獄寺の面倒見てもらうから」

『その獄寺の面倒ってなんですか見てるつもりないんですけど…ってそっか、扱いが面倒だから獄寺くんの紹介を1限の数学の先生に任せたんですね?』

「なんだ、秋山にはとっくにバレてると思ってたのに」


呆れてぎゅっと拳に力が入ったが、ため息とともにからだの力が抜けていった。やっぱりちゃらんぽらんだけど、なんというか、今回はすごく見直したし、すごく感謝してる。そして私の気づかないところで見透かされていたのが恥ずかしかった。
もう一度先生のお礼を言って、職員室を出て行った、その途端ずるずると壁伝いにずり下がってしゃがみ込む。

こちらの世界で、どれだけ私が未熟で、周りの人に支えられているか気づかされる。どこかで過信があったのかもしれない。かたちは中学生だけど、中身は立派な大学生だからと。でも、もうそんなものこちらの世界では無意味なのだ。
…それと、もうひとつだけ。このリボーンという漫画の世界で暮らしていると、名前も姿もないキャラクターがどれだけ素敵な人たちか気づいていく。もったいないなあと思う。それに気づいていくたびに元の世界に戻れない恐れがないとはいえない。


『あっだめだ…今はフゥ太がいるんだから』


戻ることなんて考えてはいけない。
いまはフゥ太を守ることだけ考えてないと。

「ちゃんと見てるから安心しろ」頭に浮かんだこの言葉、笑顔を振り払うように無理やりハンバーグの材料を思い出しながら学校を出て行った。


140213
title by 阿吽

メインキャラに頼ることができないからオリキャラが増えていく罠
でもそれの方がリアルかな…なんて。
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