《第18話》

『ただいまー…っと、フゥ太?』


エコバッグを抱えて家に戻ると、今にも泣きそうなかおをしたフゥ太がこちらを見ていた。


『どっ、どうしたの!?』


バッグを雑に床に置いてフゥ太に駆け寄ると、震える手で私の手を握ってきた。


『フゥ太?どうしたの?どこか痛い?』


そっちから触れてきてくれたことに驚いたけど、今はそんな場合じゃない。
矢継ぎ早な質問にもフルフルと首を横に振るだけだ。


「…お、起きたら、千尋さんがいなくて、夢かと思った…助けてくれたのも、ぜんぶ、置いてかれたって、思って、僕…!」


ぎゅうっと小さな手が私の手を離さないように掴む。


『ごっ、ごめんねフゥ太!その、冷蔵庫が空っぽだったから買い物に行ってて…!』


昨日、フゥ太はそのまま朝まで眠っていた。だから、少しくらい家をあけても平気かなと甘い考えでスーパーまでひとっ走りしてきたのだ。
この短時間で起き上がってくるとは思わなかった。


『フゥ太…ごめん…』


私もぎゅっとフゥ太の小さな手を握り返す。
『夢じゃないよ、フゥ太。私はフゥ太を助けた。フゥ太は自分の意志で日本に来た。絶対に置いてきぼりなんかにしない』


フゥ太は一度だけ目をこすると、静かにうなずいてくれた。


「僕が寝てても、起こしていいから、出かけるときはちゃんと言って」

『わかった。約束する。…本当にごめんね』


もういいよ、フゥ太は首を横に振る。下を向いていたからよく見えなかったけど、ちょっとだけ安心したように笑ってくれた気がした。


『さっ、お腹すいたでしょ?朝ごはんにしよう』


フゥ太をリビングのテーブルまで移動させて、私はエプロンを結びながら台所へ向かう。


『すぐできるからね』


フゥ太の前にアイスココアだけおいてから、フライパンを弱火にかけて朝食をつくりはじめる。
そこに中身を四角くくりぬいたパンの耳をおき、中にバターを落とす。それから卵を割り入れて、ベーコンとチーズをのせたあとに食パンの白い生地の部分をかぶせて蓋をする。焼けたら裏返して塩を少々。これをあとひとつつくる。

私がこの世界にやってくる前、友達に教えてもらってよくつくるようになったのだ。
まさかこの世界ではじめて振る舞うのが漫画のキャラになっちゃうとは…。

人生なにが起きるかわからないな、複雑な感情を苦笑いでかき消した。

もうひとつできたそれもお皿にのせて、テーブルまで運ぶ。
フゥ太がじぃっと見つめるもんだから少し緊張しながら席に着いた。


『いただきます。…熱いから気をつけてね?』

「…うん、いただきます」


牛乳に口をつけながら、ちらりと横目でフゥ太を確認する。
大丈夫かな…塩かけすぎちゃったかな…卵の黄身でヤケドしないかな…!そんなことをぐるぐる考えている中、フゥ太はパンにがぷっとかぶりついた。
予想外に熱かったのか、少しびっくりしてたようだけど、すぐに何度か咀嚼して飲み込む。それからおずおずとこちらを見上げて、ひとこと。


「千尋さん、すごくおいしい」

「えっ!あ、そっか…!よかった…」


まさかそんなことを言ってくれるとは思ってなかったから驚いた。
完全に不意をつかれて、照れ隠しに目を泳がせることに必死。そんな私を気にすることもなく、フゥ太は食事を進めていた。
あ〜このレシピを考えてくれたひとありがとう!でれでれと頬がゆるんでしまう。


『…あのね、フゥ太。ごはん食べおわったらショッピングモールに行こうって思ってるんだけど、一緒に行こう?』

「ショッピングモール?」

『うん、そこでフゥ太の服とか、食器とか、えーと歯ブラシとか、買おうと思ってて』


食事も終盤に差しかかったところで、私がひとつ提案。
必要でしょ?首をかしげてフゥ太に問いかければ、一瞬きょとんとしたあとに、じわじわと赤くなってごまかすように何度もうなずいてくれた。


『じゃあ決まり!あと、帰るまでに夕飯のメニューも考えててね』

「うん、わかった」


控えめだけど、嬉しそうな笑顔。
ああ、なんだかこういうのっていいなぁ。久しぶりに家族みたいな雰囲気を味わえてる。
フゥ太も、ちょっとだけあったかい気持ちになってくれてるといいな。



* * *



近くのバス停から二人で乗り込んで、20分ほど揺られた場所にあるショッピングモール。やっぱり夏休み最後の週となればそれなりに人も多い。
私はフゥ太とはぐれないように様子を見ながら買い物を済ませていく。


『んーじゃあ、食器と日用品は買ったから…次は服かな』


こっちこっち、と手招きしてフゥ太とエスカレーターに乗る。
上の階には子供服がずらりと並んでいた。


『男の子服売り場は、と…』

「千尋さん、あっちだよ」


突然クイッと引っ張られた服の袖は、フゥ太の小さな手で掴まれていた。


『っえ、あ、うんっ』


フゥ太から触れてくれた!と感動していたら、フゥ太は突然ハッとなってすぐに手を離してしまった。
ごまかすように小走りで洋服屋さんに向かって行ったけど、真っ赤な耳がばっちり目に入ってしまった。


「あれ?秋山さん?」


可愛くて可愛くてその場でうち震えていたら、突然声をかけられ顔を上げる。


『あ、吉田くん!』

「久しぶり。こんなところで会うなんて偶然だね?」


そこには隣のクラスの友人、吉田くんが大量のショップ袋を抱えて立ち止まっていた。


『久しぶり…。ど、どうしたのその大量の買い物…』


しかも女の子向けのブランドロゴばかりのショップ袋だ。


「いやあ実は…妹の荷物もちにつきあわされちゃって」

『お、お気の毒に…』


情けない姿見せちゃったなあと苦笑する吉田くんにそんなことないよと首を振る。
吉田くんみたいな優しいお兄ちゃんなんて自慢だろうな。


「ところで秋山さんは?」

『私は――その、親戚の子の服を一緒に買いに』

「へえ、そうなんだ。…もしかして、あの子?」


私の肩越しに視線を送った吉田くんを辿って振り返る。
そこにはこちらを伺うように、マネキンの横からひょっこり顔を出したフゥ太がいた。私と目があったフゥ太は、意を決したようにこちらまで寄ってきた。


「こんにちは」

「こ、こんにちは」


にっこりと笑いかけた吉田くんに、すこし緊張しながらあいさつを返すフゥ太。


『フゥ太、このお兄ちゃんは私の隣のクラスのお友達、吉田くん』

「千尋さんの、ともだち…」

『吉田くん、この子が親戚の子のフゥ太です。しばらくうちであずかることになったの』

「そうなんだ、楽しそうだね。僕に手伝えることがあったら何でも言ってね」


にっこり優しげな笑顔を浮かべたまま、フゥ太の頭をポンポンとなでる吉田くん。こうしてみると、どことなく似ている二人は兄弟のようだ。
積極的に仲良くしようとする吉田くんとはちがって恥ずかしそうに下を向いたままのフゥ太。(原作では人見知りじゃなかった気がするんだけどなぁ。まだ慣れてないのかな)
二人を見つめながら思案する最中、先ほど吉田くんが言った言葉に閃いておずおずと挙手をする。


『あ、あのさ吉田くん…その、お言葉に甘えてというか、さっそくなんだけどフゥ太の洋服選び手伝ってほしいなーなんて…』

「え?洋服選び?」

『うん、私男の子の服とかよくわかんなくて』


弟はいたけど、中学生と9歳の服の趣味は違うだろうし、なにより私と一緒じゃ下着は選びにくいだろう。


「いいよ。それくらいお安い御用。妹はまだ時間かかりそうだし」

『ありがとう、助かるよ』


向こうの女の子の洋服店を振り返って苦笑する吉田くん。よかった、吉田くんがこの場にいてくれて。


『じゃあ、行こうかフゥ太』


吉田くんが先に店に向かって歩き出してから、私もフゥ太を振り返ってついていく。


『…フゥ太?』


じっとこちらを見つめたままだったフゥ太は、なんでもないと私を抜かして歩き去ってしまった。

フゥ太の態度に疑問を覚えながらも、吉田くんのおかげで順調に服を選ぶことができた。
パジャマも選び終わったところで、こっそりと「下着もお願い」と耳打ちして、何気なくその場から離れていった。


『ん?これ…』


一旦そのスペースから出て、うろうろと周りを詮索していたところ、それを見つけた。
隣のお店の棚にきちんと畳み置かれていたそれには見覚えがあった。


『フゥ太、喜ぶかな』


ほとんど無意識に手に取ってレジにもっていく。緩む頬が抑えられない。喜んでくれるといいなあ。


『プレゼント用でおねがいします』


それを包み終わったのと、吉田くんが私を呼ぶのはほぼ同時だった。







『本当に今日は助かったよ。ありがとう、吉田くん!』

「いいよいいよ、僕も楽しかったし」

『でも、学校が始まったときにでもちゃんとお礼するね』


無事、フゥ太の服も買い終えて、買い物はすべて終了した。
本当にこれくらいいいのに、と肩をすくめる吉田くんの向こうで彼を呼ぶ声がする。


「あっ妹が呼んでるみたいだから、そろそろ行くね」

『うん、本当に今日はありがとう』


私の隣でフゥ太が小さくおじぎをした。
吉田くんは笑顔のまま手を振って、妹さんのところに向かっていった。


『じゃあフゥ太、そろそろ帰ろっか』


荷物を抱えなおしてフゥ太に声をかけるが、さっきから一言もしゃべらない。
心配になってフゥ太をのぞきこんだ。


『フゥ太?気分わるい?つかれちゃった…?』

「…ちがう」


首を横に振ったあと、こちらをじっと見上げてくる。


「…帰ろ、千尋さん」

『っえ』


突然前方にひっぱられた私の左手。
その先には私の手と繋がれたままズンズンと先に進むフゥ太。


『…うん、うちに帰ろう』


なんだか胸があったかくなって、小さく笑いながら私もその手を握り返す。
フゥ太と手をつなぐなんてしばらく叶わないだろうなと考えていたのが一瞬で吹き飛んでしまった。
もしかしたら私たち、案外うまくいってるのかもしれない。

相変わらずムッスリと黙ったままだったけど、家に着くまでその手は決して離されることはなかった。



130921
title by sappy

突然の3分クッキング。くわしいレシピは日記の方にリンクつなげてるのでつくってみてね。
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