《第14話》

「ママ〜ン!ツナ〜!ランボさんがかえったぞおー!」


時計の針はとっくに8時を回っていた。
ツナはその舌ったらずの声を聞いて、急いで玄関までかけだした。
そこには、今の今まで迷子か誘拐か、心配していたランボの姿があった。やっと帰ってきたのだ。


「ランボ!いったいどこ行ってたんだよ!」

「ん〜っとねぇ、ヒミツんとこ!」

「はあ?ヒミツって…」


懲りない態度のランボに肩の力が抜ける。
(オレの心配はなんだったんだよ…)


「…まあ、無事だったんならいいんだけどさ…とりあえず母さんも心配してたから謝って――」

「あらあらランボくん」


台所からひょっこり顔を出してきた奈々は、安心したような笑顔を見せた。
そんな奈々を見て、ランボは奈々のお腹に飛びついた。


「ママ〜ン!」

「ふふっ、さっ、お腹すいたでしょ?ごはんにしましょうね」

「んーん、ランボさんおなかすいてないよ!」


奈々に抱きついたまま首を横に振る。
それからランボは満面の笑みを見せた。


「ヒミツんちでぎゅーどんたべてきた!」


先ほどから出てくる「ヒミツ」とはいったい誰なのか。
案外身近なところにいる女の子だとは見当もつかないツナと奈々は、顔を見合わせて首を傾げた。



***



『(暑い、なう)』


体育館に全校生徒が集合している上、この校長先生の話が長いなんてなんて拷問だ。
暑すぎて思考回路がすこしおかしくなっている。

周りを見渡すと、ツナも同じくげんなりしたかおで下を向いているし、花輪さんも同様だ。あ、ちょ、その手にあるゴージャスなうちわはなんですか。
しかし山本は部活の練習で年がら年中外にいるから平気そうにしている。
獄寺はといえば、全校集会が始まる前にどこかにサボりに行ってしまった。歪みない不良である。


「では皆さん、事故なく怪我なく、学生らしい夏休みを過ごしてください」


そんな言葉で締めくくられた校長先生の言葉。
そうです、明日からもう一度、中学一年生として夏休みを迎えることになりました。

担任のHRも終わって、昼に帰れるこの開放感。
みんな、今のうちに青春を謳歌しておくんだぞーと年寄りくさいことを周りのクラスメート達に生ぬるい視線で送ってみる(もちろん塵も伝わらない)。
開放感に加え、明日から夏休みなのだ。
多くの生徒はいつにも増して騒がしく生徒玄関に向かっていった。


「では、今から呼ばれる生徒は夏期補習該当者だから心しておくように」


残った少数の生徒はうってかわってすっかり沈んでいた。
もちろん、その中にはツナと山本も入っている。

私は心の中で二人に合掌しながら教室をあとにする。
余談であるが、あまり頭がよろしくない花輪さんがなんとかギリギリ補習を回避することができたのは、私の努力の賜物であると言っても過言ではない。
再テスト前に花輪さんの屋敷に呼び出されて徹底的に勉強に付き合ったのだ。
いまはまだ中一の問題だから教えられるけどこれから先はすこし心配…かも。

花輪さんが所属する茶道部のミーティングの解散を待っていると、校門前に見慣れた高級車が停まった。


「これはこれは…千尋様」

『こんにちは、じいやさん』


そこから静かな振る舞いで出てきたのは、輪島家に仕えるじいやさんだった。


『今日はすみません、花輪さ…じゃなくて、花子さんのお言葉に甘えてお世話になります』

「いえいえ、構いませんよ。私としても嬉しいのです。このように、お嬢様とご友人のお買い物に付き添えるなんて…」


じいやさんは感極まったように空を見上げて目頭を押さえた。
実は花輪さんに何気なく、今日は沢田家へのお礼を見つけて挨拶に行くことを伝えると、買い物に付き合ってくれるというのだ。
そこでじいやさんの運転で隣町のギフト館まで移動させてもらえることになった。


「では千尋様、暑いので車内でお待ちになられてください」

『じいやさんは……?』

「私は輪島家に仕える身ですので、お嬢様を外でお待ちしますよ」

『そうですか…。なら私も、お嬢様と友人の身ですので、ご一緒させてください』


すこしだけ照れくさくなって笑ってごまかすと、じいやさんは柔らかく目尻を下げて微笑んでくれた。
そのあとすぐに花輪さんはやって来て、笑いあっている私たちを見て不思議そうに首を傾げた。

移動中、花輪さんが急にそわそわし出したから何事かと見つめると、その視線に気づいた彼女はハッとしてみるみるうちに真っ赤になってしまった。


『どうしたの花輪さん?』

「べっ、べつに何にも―――」

「お嬢様」


ごまかそうとする花輪さんに、じいやさんは優しい瞳で彼女をミラー越しに見つめて続きを促した。


「きっと千尋様は頷いてくれますよ。頑張ってくださいね」

「わ、…わかってるわよ!」


花輪さんは真っ赤なかおで瞳にうっすらと涙をためていたが、自分を落ち着かせるようにゆっくりと深呼吸をする。
それから少しずつ私と視線を合わせると、突然両手をぎゅうっと掴まえられた。


「あ、明日から!夏休みでしょう!?」

『えっ?あ、うん、そだね…』

「わわわ私と!!どっどどどドイツに!旅行に行かせてあげてもいいわよ…!?」

『……へ?』


(ドイツ、旅行?)
腑抜けた反応の私に期待の眼差しが注がれる。


『えと、なんで、ドイツ…?』

「毎年夏休みに海外へ行くことが輪島家の恒例行事なのよ」

『…その、なんで私も……?』

「そっ、そんなの…!」


カアッとさらに花輪さんの頬が染められた。
今や前方のじいやさんは運転そっちのけでこの状況を見守っている。(いやあの危ないですよ!)


「ともだち…だから…!初めてのっ!友達だからに決まってるじゃない!!」


その瞬間、私の脳内では様々なシュミレーションが再生された。
(ドイツってイタリアの隣じゃない…?)
(これってもしやキャラに出会うフラグなんじゃ…!)
(いやいやそんなのだめ!今でさえ気をつけてるっていうのにこんなに主要キャラとよく話すようになってるんだよ!)
(いや…でも…花輪さんがこんなに必死に…!)
(ていうかさっきじいやさんが「きっと頷いてくれますよ」って!)
(でも…私…でも…でも……!!)


『わ、たし…その…』


キラキラした瞳で見つめてくる花輪さん。
この鼻と鼻がくっつきそうな近距離もどうにかしたい、です。


『…………………一緒に、行かせてください…』


最初からこの選択肢しかなかったのだ。
花輪さんは返事を聞いた途端、がばりと私の首に腕をまわして抱きついてきた。
じいやさんはやはり上を見て目頭を抑えていた。あの、安全運転お願いします。




「ほんとにそれでいいの…?」


ギフト館についてから、様々な贈り物を目の当たりにし、「お店についてからいい贈り物を見つければいっか」と甘く見ていたのを反省した。

だいぶじっくり悩んでいたら結構な時間がたっていたらしい。
つきあってもらった花輪さんとじいやさんに申し訳ない気分で最終的にコレに決めた。
すると花輪さんはなんとも理解できなさそうな表情でこの贈り物を凝視する。


『何気に助かる贈り物ナンバーワンなんだよ!』

「どこ調べなの?」

『……………秋山家』


そう答えると、一瞬にして花輪さんの顔が呆れた表情になった。
だってだって!おかーさんがそう言ってたの聞いたことあったし…うん…いや家庭それぞれだよね。
花輪さんの表情でわかるように、たぶん輪島家にこの贈り物をしても変に思われるだけだろう。しかし沢田家は(言っちゃ悪いが)一般家庭。

さて、この買い上げた洗剤セットは沢田家に気に入ってもらえるだろうか。



「じゃあ、旅行についてはまたあとで連絡させていただくわ」そんな言葉で花輪さんと沢田家の前でお別れしたときには6時になろうとしていた。
遠くの橙色の空にじわりと紫色が流れ出していて、もう夜を迎えようとしている。

三回深呼吸を繰り返して、そっとインターホンを押すとすぐに奈々さんがドアを開けてくれた。


「はいはいどちら様――って千尋ちゃんじゃない!」

『こ、こんばんは、奈々さん』

「こんばんは、千尋ちゃん。今日は遊びにきてくれたの?」

『えと、この前のお礼に…』


ドキドキしながら洗剤セットを差し出した。
奈々さんはそれを受け取ると、嬉しそうに笑って贈り物ごと私を抱きしめた。


「千尋ちゃんすごいわ!よく中学生で、主婦がとっても喜ぶものを選べたわね〜!」

『正解…でしたか?』

「もちろん!ちょうど洗剤きらしてたとこなのよ。本当にありがとう」


よかったと胸を撫で下ろした。
やっぱり同じ主婦の言葉は参考になる。ありがとう、おかーさん。


『喜んでもらえてよかったです。それじゃあ、沢田くんによろしくお伝えください』


安心したまま自宅に帰ろうと頭を下げたら、そこにあたたかい手が優しくおかれた。


「おばさん、とーっても嬉しかったわ。だけどね、中学生にお金つかった贈り物されてそのまま帰せないのよ」

『えっ…いや、でもお礼ですから』

「そんなんじゃおばさんの気がすまないの。ね、千尋ちゃん、お願いだから晩御飯ごちそうさせて?」


奈々さんの優しい瞳が私をじっと捉えて離さない。
でもそうだよなあ、よく考えれば分かることだった。(実際は大学生だけど)中学生にお金使ってお礼してもらっても大人は罪悪感を感じてしまうよね…。
私は降参したように手をあげた。


『奈々さん…その言い方はずるいです』

「ふふ、私の勝ちね」


さあ上がって、と促されて私はそのままリビングに上がらせてもらった。


『今から夕飯つくるんですよね?私にも手伝わせてください』

「あらあら、お客さんに手伝ってもらうなんて…。いいの?千尋ちゃん」

『はい。もともとお礼でお邪魔させてもらったので、じっとしていれませんから』


笑って返すと、奈々さんは嬉しそうな表情を浮かべた。


「助かるわ〜!今日はいつもよりたくさん夕飯つくらないといけなかったから!」

『たくさん…?』

「みんなで集まって勉強しようって、ツナがお友達呼んでるのよ」

『え』

「あっ、そうそう、ハルちゃんっていう女の子も上がっていってね。きっと千尋ちゃんと仲良くなれると思うわ!」


もしかして今日って…ツナと山本が超難関レベルの問題出された話のとき…?
ということは同時にハルとビアンキとの接触も意味することになる。私は後悔でうなだれたくなるのを必死にこらえて、奈々さんの隣に立った。

手伝うと決めたのは自分の意思だ。始まってもいないのに投げ出すことはできない。


「それじゃあ、千尋ちゃんはこの芋を潰してくれる?」

『ポテトサラダですか?』

「ふふ、正解!」


奈々さんの癒し効果は抜群だ。
私のうじうじした思考もやわらかく包んでくれる気がする。

なんていうか、きちゃったもんはしょうがないのかな。いつか突然やってくるキャラとの遭遇より、覚悟を決める時間がある方が幾分かマシだという考えもでてきた。
よし、夕飯が出来上がるまで対策を考えておこう。

なんて私が決意していると、急に二階から階段を駆け下りる足音が響いてきた。
それからすぐにドアを閉める大きな音とたぶん、いや、獄寺の話し声が聞こえた。これはたしかビアンキがハルに呼ばれて問題を解きにきたんだっけ?


「うぎゃああああ!」


呑気に原作を思い出していたら獄寺の断末魔が耳をつんざめいた。


「あらあら何かしら…千尋ちゃん、そのお鍋見ててくれる?」

『わ、わかりました』


奈々さんは玄関に向かって、倒れた獄寺を見つけるとビアンキと一緒に二階に運んでいった。
それから奈々さんの戻ってきた第一声は「彼ね、獄寺くんっていって、ちょっとからだが弱い子なの」だった。
ちょっと心配そうに二階を見上げるけど、奈々さんなにか勘違いしています。


「千尋ちゃんは獄寺くんともお友達?」

『…そう、ですね。彼とはよく話しますよ(あっちが一方的にオカルト話を)』

「そうなのっ?てことは山本くんともお友達?」

『そう、なりますね…』

なんだなんだどうしたんだ。
奈々さんが異様に食いついているように見えてならない。


「三人のなかで、気になってる子とかいるのかしら?」

『なっ、』


変なふうに力が入って、手元のじゃがいもがぐちゃりと潰れた。


『いっ、いませんよ。なに言ってるですか奈々さん…』

「あらそうなの?それは残念」

『そういう話得意じゃないんで、あんまりからかわないでくださいよ…!』


なんとか平常心で反抗してみるが、奈々さんに「真っ赤よ」と笑われて反抗する気持ちもしぼんでしまった。


「気になる人ができたら、いつでも相談してね」

『もー奈々さん!』


勘弁してください、なんて気持ちで頭はいっぱいだ。
奈々さんは存分にからかうのを楽しんだあと、少しだけ声のトーンを落ち着かせて困ったように微笑んだ。


「本当はね、ツナともうひとり、千尋ちゃんみたいな女の子が欲しかったのよ」

『女の子…ですか』

「こんなふうに一緒に料理したり、お洋服買いにいったり…好きな男の子の話でからかったりしたくてね」


ゆったりと空気を含んだ話し方をする奈々さんの声は心地いい。ずっと飽きるまで聞いておきたいくらい平和で優しい声だ。


「でもね、お願い聞いてもらえる前に旦那はお仕事で外国に飛んでっちゃったの」

『奈々さん…』

「だからこうやって千尋ちゃんを構ってるときが楽しくてしょうがなくって」


照れくさそうに笑ってごまかす奈々さんは、ずっと料理をしている手を休めなかった。


「本当はね、お礼なんていいのよ。前にも言ったと思うけど、遊びにきてくれるだけで私はとっても嬉しいわ」


何もいえずにいる私の頭を、奈々さんは優しく撫でた。
それから「お皿出してね」と言い渡したあと、二階に上がって呼んでくるからと奈々さんは廊下に向かう。


「あまりツナとばっかり遊んでたら、ヤキモチ妬いちゃうわよ、私」


突然思い出したように振り返って、いたずらっぽく舌を出した奈々さんに思わず吹き出した。
どこまでも優しい人だ。
たぶん、私を困らせないように気を使わせてしまったんだろう。


『奈々さん』

「ん?」


首を傾げた奈々さんがあまりにも幼く見えてしまった。


『今度、一緒に洋服見に行きましょう』


緊張して変なかおになってないだろうか。
奈々さんはふにゃりと頬を緩ませて「楽しみだわ」と笑ってくれた。彼女は笑っても幼く見える。
軽い足取りで二階に向かう奈々さんの後ろ姿を見つめながら、どうか、どうかお願いだから「今度」までうっかり元の世界に戻りませんようにと願わずにいれなかった。


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title by sappy
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