《第11話》

風邪ひいた。
あーあこれからどうしようかなはやく元の世界に帰らなきゃなーでもどうやってと連日連夜うんうん悩んでいたら胃がキリキリしてきた。それから頭がぼんやりして咳が出てきてほっぺたが真っ赤になってきたのだ。
いまはからだもあつい。

布団から起き上がっても、からだはずっしり重たい。
風邪薬っていったいどこにあったっけ。――あー…そこまで気回ってなかったから買ってないや。ポカリもそんな都合よくあるはずない。
寝とけば治るかな。でもひどくなったらどうしよう。明日はぜったい学校行かなきゃいけないのに。獄寺に言われた感想の期日が明日までだ。あの感想を渡し終えればもうこれ以上、獄寺から本を借りることも親交を深めることもないのだ。


『12時…ちょっと過ぎてる…』


壁にかけられた時計を見上げて呟く。
フラフラと立ち上がってポピーレッドのキュロットにグレーのパーカを被った。携帯をそのポケットに突っ込んで右手に財布を掴んだ。手の平の体温がじわじわと財布の冷たさに奪われる。

外に出ると湿気を含んだ風が頬を撫でた。少しうっとおしくなって服の袖で顔を拭う。
あー…わかんなくなってきたぞ。なんか、心細くなってきた。ひとり暮らしってさびしいんだ。おかーさんにも電話繋がらないし、弟にあの漫画送ってきてなんて頼めないし。おとーさんは風邪のときりんご買ってきてくれたのに。
ていうか、それ以前に。ひとり暮らしだとか言う以前に


『(違う世界だし…)』


じわじわと目頭が熱くなってきたからそのまま目をこすった。
だいぶ弱ってるなあ。昔から精神的にダメージ受けると風邪ひいちゃうんだよなあ。


「らっしゃーせー」


コンビニに足を踏み入れると軽い音楽が頭上から流れる。相変わらず気の抜けた音楽にやる気のないバイト。いつもの光景に少しだけ安心した。

市販の風邪薬とポカリを手にとってすぐに会計を済ませる。
おつりを受け取るときに店員と手が触れて少しだけぎょっとされた。


『(やっぱ熱あるんだ…)』


こんなかたちで認識できるとは。いつもはもう少しだけコンビニの中を散策するけど今日ははやく戻らないと。
一歩外に出ると、途端に生暖かい風がからだを包む。
一息ついてからさあ帰ろうと歩き出したとき、後ろから声をかけられた。


「…秋山さん?」


沢田くんだ。彼は財布を大事そうに持ってコンビニに立ち寄ろうとしていた。


「こんな遅くにどうしたの?」

『沢田くんこそ』

「や、あの、リボ…じゃない…居候してる人が急にエスプレッソが飲みたいってきかなくてさ」


渇いた笑いを浮かべる沢田くん。それだけのためにわざわざ起こされてパシられたというのだろうか。不憫すぎる。


「秋山さんは?危ないよ、こんな時間に女の子が一人で…」

『私は、…その、ちょっと風邪っぽくて』


薬を買いにきた、と続ける前に沢田くんが急いでこっちに駆け寄ってきた。
それから躊躇することなく私の額に手の平を差し込むと、驚いたように目を見開く。


「すごい熱だよ!」

『うん…』


沢田くんの手は少しだけひんやりしていて気持ちよかった。


「大丈夫?なんでこの熱で外なんかに…」

『薬とかなかったから、買いにきたの』

「お母さんとかは、」

『私ひとり暮らしだからさ』


無理やり笑えば、沢田くんは「そうだった」という表情になる。前にそういう話はしていたのだ。


「じゃあなおさら一人で心細くない?」

『平気だよ』


沢田くんの心配そうな瞳に私の苦笑いが映り込む。


「平気って…オレだったらたぶん、すげー心細くなると思うし…まだ中学生だし」

『(ほんとは中学生じゃないんだよ)』

「…あのさ秋山さん、今からうち来なよ」


はい?
予想していなかったその言葉に口を半開きにさせた。


「オレ体調悪い人ほっとけないし、母さんもきっとそうしろって言うだろうし…ていうかこのままほっといた方が怒られそうっていうか…」

『ちょ、ちょっと待って沢田くん』


一人で勝手にしゃべりだした沢田くんを強制的に止める。


『なに、なに言ってるの?え?なんでそういう話に…?』

「なにって、今の秋山さんをひとりにできないよ」

『心配してくれるのはわかるよ、わかるけど…いま夜中だよ?沢田くんはいいかもしれないけど、家の人に迷惑でしょ?』

「大丈夫、母さん人の世話やくの好きだから」

『…そーゆーのじゃなくて…薬飲んだら治ると思うし、そこまで大袈裟にしなくてもいいんだよ』


ここでほっといたら自分が気になる、今の沢田くんは感情だけでそう言っているように聞こえる。
自分の尺度で考えた善いことの行動はずいぶん身勝手で、なんとも中学生らしい。


『…あのね、沢田くん。普通はただのクラスメートにそこまでしないんだよ』


ぽかんとした表情になる沢田くん。思わずまた苦笑いしてしまう。
なりふり構わないツナのそういいう優しさは大好きだったけど、いつもそれが正しいとは限らない。


『…厳しいこというようだけど、余計なお世話っていうのもあるんだよ』


困ったように笑ってから、くるりと沢田くんに背を向けて歩き出した。
あーあ、これじゃ嫌われちゃったかもな。
ちょっと外に居すぎたみたいで、熱が上がったみたい。ぼやける視界と力が入らない足でゆっくり歩く。


「よけーなお世話で結構だよ!!」


背後からの突然の大声に思わず立ち止まった。ゆっくりと振り返ると、沢田くんが怒ったような顔でこちらに向かって近づいてきていた。
それから私の薬とポカリが入った袋を奪いとると、くるりと背中を向けて両手を広げる。


『な…、え?』

「のって。オレんち行くから」

『え、ちょ、』

「じゃないと薬とか返さない」


その体勢から少しも動かない沢田くん。本当はこのままほおっておくことも考えたけど、この体勢のまま一人にするのもかわいそうだ。
小さくため息をついて「…お願いします」と彼の首に腕を回した。


『…ほんとーはいやだよ』

「知ってる、けど、オレも譲れないよ」


ツナってこんな頑固者だったっけ?と彼の柔らかそうなススキ色の髪の先端を見つめながら眉をしかめた。


「やっぱり秋山さん、熱いよ」

『…風邪だからね』

「このまま一人だったらぜったい辛かったと思う」

『そーかな』

「そうだよ」


聞いたことないような不機嫌な声の沢田くん。怒ってるのにこんな行動して、なんてお人よしなんだろう。


「確かにオレの優しさは押しつけがましいんだろうけど、そこまでわかってるならそういう身勝手なオレにつき合って。罰として」

『罰?』

「…なにが、ただのクラスメートだよ」


オレはもう友達だと思ってたのに。

きっと沢田くんは唇を突き出して拗ねたかおしてるのだろう。
なんだそれ、ずるい。
ただのクラスメートで充分なのに。それでいいのに。どんどんこの世界に入り込んでいる。
それでいてその言葉に少しだけ胸があったかいと感じてしまうのは、きっといけないことなんだ。


『…ごめんなさい。言い過ぎた』


小さく呟いたら沢田くんは笑い声を上げた。それから小さく振り向いて「オレも強制的になってごめんね」と眉を下げた。







「あらまあ…」


録画していたドラマを見ていたところに帰ってきた息子の背中にはぐったりした女の子。
驚かないはずがない。


『突然ごめんなさい…沢田くんのお言葉に甘えて…』

「いいのよ。親御さんに伝えずに連れてきてたならツナを叱りつけてたけど、ひとり暮らしなら話が別だわ」


玄関で私を背負ったまま事情を説明した沢田くんに、急いで二階の客間に布団を敷いてくれた奈々さん。
親子そろっていい人過ぎて申し訳なくなる。

奈々さんは私を布団に寝かせると、額に冷たいタオルをのせてくれた。


「どう?」

『…きもちーです』

「ふふ、よかった」


あんまり心地よすぎてうっとり瞼を閉じる。そういえばお母さんもこうやって額にタオルをのせてくれたっけ。風邪のときだけ甘やかしてくれたんだよなあ。


「そういえば千尋ちゃんは夕飯食べた?」

『いえ、気持ち悪かったんで抜きました…』

「そう、でも何か食べないとお薬飲めないわね…」

『…だいじょーぶですよ、きっと寝てれば治ります…』

「あら、風邪をなめちゃだめよ。ちょっと待っててね…」


そう言って立ち上がった奈々さんは沢田くんの名前を呼びながらドアを開けると、そこでうろついていた沢田くんがピタッと止まったとこを発見してしまった。それから決まり悪そうに「…なに」と奈々さんを見た。


「ふふ、ツっくんってば千尋ちゃんが心配だったのね」

「なっ!や、そうじゃないけど…!」

「私いまからリンゴ擦ってくるから、ツッくんは千尋ちゃんのこと見ててくれる?」

「え!オレ看病なんてしたこと…」

「やーねえ、風邪のとき心細いことは知ってるでしょ?傍に居るだけでいいのよ」


そう笑顔を残して奈々さんは部屋から出て行った。
沢田くんはそっと慎重にこちらに寄ってくると、私の顔を覗きこむ。


「…大丈夫?」

『おかげさまで。ありがとう、沢田くん』

「…ほんとだ、顔色すこしよくなってる」


ホッとしたような表情の沢田くんに、力なく笑う。あなたのおかげですよ。


『…なんかさ、いろいろあって疲れてたみたい』


ぼんやりと白い天井を眺めていたら、右手をひんやりしたそれで握られた感触がした。沢田くんの手だ。


「あっごめん!…その、なんか、寂しそうだったから…」


無意識にしてしまったそれをごまかすように手を離そうとしたから、やんわり笑って「ありがとう」と小さく握り返した。
あーまた懐かしくなっちゃった。


『…うちの弟も』

「え?」

『そうやって、手握っててくれたなあって』


優しいの風邪ひいたときだけなんだよね、と続けると沢田くんも吹き出した。


「弟ってたぶんそんなもんだよ」

『だよね…』

「それに秋山さんって寂しくていつのまにか消えちゃいそうだし」


弟の気持ちもわかるよ、と笑った沢田くんに少しどきりとした。超直感ってこわい。


『あー…そういえばエスプレッソは買わなくてよかったの?』

「本人は寝てたから、もういいんじゃないかな…」


渇いた笑いの沢田くんにその光景が安易に浮かんだ。
それから沢田くんは急に真面目な顔つきになると、少しだけ握った手に力を込めた。


「寂しかったらいつでも来てよ」

『…え?』

「山本もなんか最近秋山さんが避けてる気がするって落ちこんでたし」

『………。』

「いろいろ悩んでることとか、困ってることがあったら相談にのるから。いつでも来ていいよ」


心配してくれる沢田くんには悪いけど、うなずかず笑うだけにした。


「…!…そーやって、」

『…沢田くん?』

「…なんでもない。…あのさ、ランボっていうヤツも来てさ、また居候が増えてにぎやかになったんだ」


だから来てよ、なんてそんなまっすぐ見つめられたら反らせないじゃないか。


『…じゃあ、今度くるときはお礼に何か持ってきます』


どんなかおしていいかわからなかったから布団にもぐりこんだら、上から呆れたようなため息をつかれた。


「まー…うん、最初はそれでいいよ」


変なの。気づかなかった。…沢田くんは時々コミュ力高すぎる。


130328

超直感の前じゃどうしようもない

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