《第7話》
「あ?なんだこのアマ」
開口一番、文句を言われた。
と思いきや彼は私の机を膝で少しだけ蹴り上げる。物に当たってくれたのがせめてもの救いなのか。
「ちょっ、獄寺くん!?」
私がぽかんと獄寺の不機嫌な顔を見上げていると、沢田くんが真っ青な顔をして私たちの間に割って入ってきてくれた。
「なにしてんの!?なんで秋山さん睨みつけてんのー!?」
おおお!お決まりのツナのツッコミだ!リボーンと出会ったときの彼を見ていないから実質これが初めて生で見たツッコミになる。場違いにも少しテンションが上がった私に対して沢田くんは獄寺を宥めかしていた。
「コイツ10代目に金たかるなんて…!待っててください今締め上げますから!!」
「はあ!?いや、ちょ、獄寺くん何か勘違いしてるよ!!」
獄寺からぐっと伸びてきた腕から素早く庇ってくれる沢田くん。ツッコミながら大変だろうに。
簡単に今の状況を説明しますと、昨日約束したように私は沢田くんからカツ丼の代金をもらっていた。とそこに獄寺が登校してきて突然こんな事態になってしまったのだ。
「オレ秋山さんにカツ丼奢ってもらったお金返してただけだから!別にたかられたとかじゃないし!」
「え…そ、そうなんスか?」
「そうだから!ごめんけど大人しくしてて!」
そんな風に必死に懇願する10代目には逆らえずに獄寺は押し黙った。申し訳なさそうに沢田くんがこちらを振り向く。
「ごめん秋山さん…」
『いやあ、いいよ気にしてないから』
「チッ…それくらい奢れよ」
獄寺くん!?とまた沢田くんが真っ青な顔をした。当の本人は不機嫌そうにこちらを睨みつけている。どうしても文句を言いたいようだ。
なんていうか、本当に今まで誰も信用してこなくて、やっとそんな過去も拭いとってくれるくらい信頼できる人が現れたんだなあと感心してしまった。獄寺の境遇を知っているからこそあんまり不愉快な思いはない。…っていったら甘いかなあ。
「おいおい、女子にそんな態度はねーだろ」
敵意剥き出しの獄寺にまさか突っ掛かってくる人がいるとは思えなかったが、その言葉は確かに獄寺に向けられていた。声がした方を振り返ると、なんと山本武が苦笑を浮かべながら近づいてきていた。
「あ?誰だテメーは」
「よっ!転入生!オレは山本武ってーんだ」
『えっ、ちょ、』
なんで来ちゃったんだ!!
獄寺は相変わらず山本をガンつけてるし、山本は明るく爽やかな笑顔で対応していた。私の前に立っていた沢田くんは展開についていけなかったようだが、すぐに獄寺を止めるように間に入っていった。
ねえ ちょっと待って
これってさあ
並盛トリオ完成してない?
『(ちょっとおおお!?)』
聞いてないよ私そんなの聞いてない!!だいたい山本はもう少し先の話でやっと出てくるんじゃなかった!?
いやいやなんで山本に突っ掛かる獄寺を止めるツナの図がもう完成してんの!この光景ものっそい見たことあるよ!!
ていうかなんです?この要因ってもしや私?待て待て待て私はただ沢田くんからお金を返してもらってただけなのに!
「てめーは関係ねぇだろ!」
「とりあえず落ち着けって、な?」
「山本あんまり獄寺くん刺激しないで…!」
この場から消えたい!
こんなことなら無理やりにでも奢っとくんだった!
私は息を殺してそっと三人から離れるように後退したつもりだったが突然ガシッと山本に腕を掴まれ引っ張り出されてしまった。
「とりあえずさ、秋山恐がってるから優しくしてやれよ」
『(こわがってないよ!)』
「なんでオレがそんなこと…!だいたいそいつが10代目に奢るなんて名誉なことを受け入れようとしねぇから悪ィんだよ!」
なに言ってんだコイツ。
優しいと定評のある(沢田くん調べ)さすがの私でさえ冷たい眼差しを送ってしまった。差し合いに出された沢田くんもドン引いたように口元が痙攣している。
「獄寺くん、オレが返したいって言ったことだからさ!本当気にしないで!」
「しかし…」
「ていうかもう席戻ってて!お願い!」
「……10代目のご命令とあれば…」
本当にしぶしぶといったような表情を浮かべる獄寺。それからご丁寧に山本を睨みつけ、私を睨みつけオマケに舌打ちをかまして不機嫌に席へと戻っていった。私と沢田くんのため息がシンクロする。
『あ…そだ、ありがとう山本』
「ん?いやいや気にすんなって!」
結果はどうであれ山本は私を助けに来てくれたのだ。やっぱり彼は優しい。山本はばすんばすんっと私の頭を優しく叩いてから何事もなかったように席に戻っていった。
「山本、かっこいいね」
思わずといった口調で沢田くんは言った。
『さすが人気者だよね、トラブルがあったらすぐ助けてくれるんだ』
「…ごめん、オレのせいでいろいろ…」
なのに助けられなかったし、と沢田くんは情けないかおになる。いやいや沢田くんも大変だったね。私の手に握られているたった390円のせいでこんなことに。
『まあ、でもあんまり獄寺くんを叱ってあげないでよ。きっと彼にもいろいろあるんだろうし』
「うん…(叱れないけど)。でも、恐い思いさせて本当ごめん」
『いや、大丈夫だよ。というより沢田くんもおつかれ、かな』
「ははっ…うん…」
二人して苦笑い。
沢田くんの苦労もわかるし、私はまあ平気だけど――だけどね?
『もう二度と夕飯抜いて家から出ないでね』
こんなこと頼むことになるとは思わなかった。沢田くんの表情が途端に曇ったように見えた。
しかし今日は本当に散々だった。まさか並盛トリオが絡むなんて想定外だ。まああれから獄寺も山本もあっさり解散してくれたからよかったけど。
必要以上の絡みはやっぱり原作の通りいくんだろうか。この先のことを考えると少しおっかなくなってきたぞ。
『確か…この辺だっけ』
学校からの帰り、私は花輪さんと別れて並盛商店街にやってきた。今日は図書室通いをお休みして本屋さんに行く用事があったのだ。
なにしろ昨日の放課後の吉田くんからの提案である。―――エイリアン・アブダクション。吉田くんが物々しく口にしたそれは簡単に言えば、宇宙人にさらわれて実験させられるということ。エイリアン・アブダクションにあったというある人は突然さらわれて実験させられその記憶を消された上でどこか知らない場所に置いていくこともあるらしい。
吉田くんって未確認生物系にも手出してるのかとちょっとだけ引いてしまった。まあでも信じ難いにしろ、せっかく吉田くんがもうひとつの仮説を与えてくれたのだ。調べてみる価値はあるのかもしれない。
だからといってそんなマニアックな本や雑誌が図書室に置いてあるはずない。本屋さんの一角にはそういう系が置いてあるらしいので私はここまでやってきたのだ。あんまり気は進まない。
『(ええっと、オカルト系…不思議系…)』
店員に聞くことなく自分で雑誌コーナーを探す。もう少し奥の方にあるのかもしれない。はやく見つけて帰りたいのに。焦る頭でずらりと並んだ雑誌を目で追いかけた。
『あった!』
探していたそのスペースに近寄る。ご丁寧に「最新版:宇宙人との交流100選」なんて宣伝文句が掲げられてある。なんだろう、とても恥ずかしい気分になる。はやく手に入れてレジに持っていこう。
「月刊世界の謎と不思議」というタイトルの雑誌を抜き取ろうと手を出したとき、突然同じタイミングで視界に入り込んだ手とぶつかった。
「っ、」
『あっ、すみません!』
バッとその手の方向を振り向いた途端思考が停止した。
相手もギョッと目を真ん丸にしたまま固まっている。
『……ご、くでら、くん』
なんでこんなことになるの。
自分の運のなさに頭の中で嘆いてたら、獄寺はゆっくりと雑誌から手を離した。今や完全に眉間にしわを寄せてそっぽ向かれている。
完全に他人のふり。まあほとんど他人みたいなもんだけどさ…。
『あのさ、これ…私買っていいの?』
だからといって勝手に自分のものにしてレジに持っていくのは忍びない。見たところ「月刊世界の謎と不思議」はこの一冊しか残っていない。そんな人気なんだ。
『わ、わたしいいよ!別にぜったい欲しかったってわけじゃないし…!…うん、だからその、』
完全無視の獄寺くんにいたたまれなくなってしまい「じゃあね」と踵を返そうとしたときだった。
「……好きなのか?」
ぽつりと。極々小さな声で獄寺は口にした。
『…はい?』
「だから、こういう系好きなのかって聞いてんだよ」
さっきよりは大きい声で。目尻を少し赤くしながら、恥ずかしそうというよりは怒った風に近いような表情をしていた。
『……えっと、好きっていうか…さいきんちょっと興味が…』
状況整理できないまましどろもどろに答える。
獄寺は納得したのかしてないのか判断しかねる無表情で「…そうか」と独り言のように頷いた。
彼はおもむろにその雑誌を引っ張り出すと、スタスタとレジに持って行った。
『(なんだそれ!)』
せっかく答えたのにこの仕打ち!どんだけ私嫌われてるんだ!
初対面が最悪過ぎたのだ。もう修復することはないだろう。あんまり仲良くしすぎるのも、仲悪すぎて必要以上に恨まれることもしたくなかったのになあ。
はあ、もう今日は帰ろう。いろいろおつかれ私。コンビニのケーキでも買って帰ろう。
「おい、なに勝手に帰ってんだコラ」
ぐったりしたまま本屋さんを後にしようとしていたら、突然後ろから肩を掴まれた。
『っえ』
その手にゴツゴツチカチカした指輪をつけている時点で嫌な予感は的中。獄寺隼人である。いったい何事。
「これ、やる」
不機嫌そうなかおでずいっと目の前に突き出された深緑のナイロン袋。中身は見らずとも「月刊世界の謎と不思議」である。
「今日はその……悪かったな」
『え?』
今なんて?
獄寺は不機嫌そうに眉をひそめてそっぽ向いているが、少しだけ耳を赤くして口を尖らせていた。今獄寺隼人は私に謝ったんだっけ…?
「なんつーかまあ言い訳になるけどよ、昨日の今日で舞い上がってたっつーか…まあてめーに言ってもわかんねぇだろうけど、その…とりあえずすまねぇと思ってっから」
『え…いや、いいよ気にしてなかったし』
「それじゃーオレの気が済まねぇだろ!いいからコレもらっとけ!」
そう言ってほとんど無理やり私に本を渡してきた。おいおいほんとによかったのに…なんて彼に言える勇気はなかった。しぶしぶそれを受け取る。
『ありがとう、獄寺、くん』
「…10代目に顔向けできねーからだ」
獄寺はチッと舌打ちしてポケットに装飾品だらけの手を突っ込んだ。なるほど、決まりが悪くなると舌打ちしちゃうのか。
そんなことよりお礼を言った途端、耳の朱が目尻にまで浸蝕してきたのがおもしろい。
『でも本当によかったの?』
「あ?」
『最後の一冊だよ?獄寺くんも読みたかったんでしょ?』
「は、はあ?オレは別に……!」
『それとも次の入荷まで待つの?』
「…………。」
だっ黙りこんだー!!
そんなに我慢できないくらい読みたいなら別に返すよ!私次の入荷まで待てるしさ!
「………貸せ。」
『え?』
「……それ読み終わったら、オレにも貸せっつってんだよ」
『え、あ、それなら返すけど、』
「貸せ」
『………はい…。』
最上級の睨みとドスの効いた声で脅してきた獄寺に大人しく従う以外救われる道はない。なんて理不尽な照れ隠しなんだ。
私がこの時胸に抱いていた720円の雑誌はひたすらに重かった。
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