《第6話》

先日は球技大会があった。
言うまでもなく沢田くんはリボーンから死ぬ気弾を撃たれて大活躍をはたした(試合が始まったばかりの時はダメツナっぷりを見せていたけど)。私はといえば、リボーンと再会しないようにずっと体育館の中にいた。そのおかげでその日は直接原作と絡むことなかったからなんというか学んだなと思う。

でもね、いくら学んだとしても回避できないものはあるんです。


「イタリアに留学していた、転入生の獄寺隼人君だ」


やってきましたスモーキン・ボム。生で見るとやっぱり迫力が違うっていうか無愛想っていうかタコヘッドっていうか。胸元のシルバーアクセに、たとえツッコミで叩かれたとしても致命傷を受けそうなゴッツゴツの指輪。いわゆるDQNってやつです。友達になりたくないタイプです。
自己紹介もせずに黙り込んでいた獄寺隼人は凄まじい眼光で後ろの席の沢田くんを睨みつけた。


「な!なんだよ〜!?」


標的が沢田くんなだけあって彼の前の私も睨まれているように感じてとても居心地が悪い。
そっと獄寺隼人から視線を外す。視界の端で彼が沢田くんに近づいてきているのが見えた。


「獄寺君の席はあそこの……獄寺君?」


担任の言葉を無視して近づいてくるのをやめない。やがて私の席の隣で止まると、無言で沢田くんの机を蹴り上げた。
しんっ、と転入生に浮かれていた教室の空気が急速に冷え込む。いやあ初っ端からかましてくれる不良だ。
そのまま獄寺隼人は無言で指定された席に着席した。不良にとってはお決まりなのか、しっかり両足を机の上に乗せるポーズをとって。
机を蹴り上げられたとき私の足元まで飛んできた沢田くんの筆箱を拾って後ろを向く。


『えと、大丈夫?』

「あはは……ありがと秋山さん…」


机を元の位置に戻していた沢田くんに筆箱を手渡すと、ひどく渇ききった笑みを浮かべていた。どこまでも可哀相な子だ…。


「ありゃ絶対不良だな」

「でもそこがいい…」

「怖いところがシビれるのよね〜」

「ファンクラブ決定だわね」


沢田くんの隣の男子生徒の言葉に、一部の女子生徒が酔いしれたような表情を浮かべていた。きっと彼女らは獄寺隼人に少女漫画に出てくる不良を重ねているのだろう。目を覚まして!あいつに恋しても隣の学校の不良に捕らえられた女の子を助けにひとりで乗り込んできて「お、おい!てめーそれ以上動いたらこの女傷つけちまうぞ!」「ぐっ…」「なにしてんのよ!獄寺くんならこいつらボコボコにできるのに!動いてよ!」「へへっ…このぐらい…お前が味わった恐怖に比べたらどうってことねーぜ」「獄寺くん…!」「くうっ!お前らの愛に感動した!悪かったな!」「よかったね獄寺くん…!」なんて展開には絶対ならない。例え助けにきたとしてもボムでぼんっして終了だ。


「武と獄寺くん…私は一体どっちを…!」


女心は複雑なようだ。

ホームルーム終了後、一限目が始まる前に獄寺はおもむろに立ち上がると教室から出て行った。


「ありゃさっそくサボる気だぜ」

「うーわ見たまんまだな…」


右隣の席の男子が獄寺の背中を見送ったあと、ひそひそと話していた。
左隣の女子は「かっこいい…」とうっとり顔。まあ何しても絵になるくらいかっこいいのはわかる。男子にはきっとそんな嫉妬も混じってるんじゃないだろうか。

ううむ…転入生に(どんな感情であれ)沸き立つ気持ちはわかるが―――並中生諸君よ、そんなものに気をとられていていいのかね?
もしや忘れている?というより時間があるから余裕ぶっこいてる?
なんにせよ一週間後にはテストがあるのだよ!

私は今から行われる授業で先生から「ここテストに出るぞ」という小さなサインを全身全霊で受け取らなければならないのだ。
私はこの世界にやってきてからひとつだけ喜ばしいことを見つけた。それは中学高校てんで苦手だった数学という教科を輝かしく挽回できるのではという希望。
いくら他教科が平凡な点数だったとしても、数学だけはいくら勉強しても壊滅的だった。返却されたテストにはいつも赤い流星群が飛び交っていた。
それでも授業態度が普通に真面目だったから素点に平常点を足されてなんとか生き延びてきたのだ。


『(中一の数学でそんな大袈裟な?いやいや)』


確かに中一の数学なんてとっくの昔に理解できている。なんてったって元々高校を卒業したばかりの18歳なのだから。
しかし数学で大事なのは基礎!と数学の先生がおっしゃっていた。土台がグラグラのまま次の段階や応用に入っても理解できないのだ。それを痛感したのが高校に入ってから。中学で部活や遊びに明け暮れ青春していた私は基礎を身につけることはできなかった。土台がない私には高校数学なんて雲の上の存在。
そう、だから私はこの世界で数学を甘く見らずにどこまでいけるか試したいと思う!


「――さん!秋山さんっ!」

『っえ!?』


思考を中断されて割り込んできた声。沢田くんだ。私は急いで後ろを振り返った。


『ご、ごめん!気づかなかった!』

「あっ、いや…!俺も考えごと中に話しかけてゴメン!」


いいや沢田くん助かったよ!あのままの熱をおびたままだったらどこの進研でゼミからの刺客だと疑われるとこだった!


『で、えーと…?』

「あのさ、この前カツ丼奢ってもらっただろ?その、忘れてたわけじゃないんだけど…俺ちょっとあれからドタバタしててさ…」

『うん?』

「つまり遅くなってごめん!明日お金返すから!」


おおっ、あーそういえば沢田くんにカツ丼奢ってたなあ。


『なんだ、別にあれくらいいいのに』

「いやさすがに女の子にそういうわけには…」

本当に気にしなくていいのに。私としては不憫な沢田くんに同情して奢ったつもりだった。
しかしまあ優しい沢田くんは女の子にお金を払わせたままにしたくなかったんだろう。実は年上だからとか理由をつけずにここは大人しく従っておこう。


『ん、わかった。じゃあ明日お願いします』

「はーっよかった!」


そうだお金と言えば。
タイミング良く沢田くんが隣の席の男子に今週のジャンプの話を振られたので私は姿勢を元の位置に戻した。
机の横にかけてある通学鞄からひとつの通帳を取り出した。


『(また増えてたんだよなあ…)』


開いたそれにはこの前確かめたときよりも5000円程度足された数字の列。この不思議な通帳は毎週月曜日に一定の金額が増える仕組みになっている。
ちなみに私はこれを勝手に増える魔法の通帳と呼んでいるのだが、こんな風に仕送りをしてくれる人に心当たりがあるとすればあの手紙――この世界に来たとき部屋に置かれていた手紙を書いた人なんだとは思う。
住所も名前も何も書かれていない手紙。いったいあの人は私の何なんだろう。親が死んでひとりになった私を引き取ってくれた親戚という線が強い気がするけど。

ところでその親戚と暮らしていた「私」って、親が亡くなってないときの「私」っていったい誰なんだろう。以前までは私自身がこの世界に突然やってきてしまったと考えていたけど、その手紙にはそれ以前の「私」が描写されてあるのだ。私は私としてではなく、別の誰かとしてこの世界に存在していた。じゃあその「この世界に存在していた私」って私がこの世界にやってきてからどこに行ったの?私が元居た世界?
所謂パラレルワールドというのが入れ代わったんだろうか。
まあ何にしろその答えに行き着くには手がかりが少な過ぎる。ちんぷんかんぷんなオカルト本と顔を突き合わせる必要がまだまだあるみたいだ。
――いや待てよ。今は異世界という仮定で攻めているけど本当はもっと別の角度から考えてみるのもひとつの手では?
ううん…そういった不思議なことは専門家に聞いたほうがいいかな。今日も図書室に居たら吉田くんに聞いてみよう。




『それがさ、すごい変貌だったんだよ』

「へえー」


吉田くんはやわらかく瞳を細めて小さく笑い声をあげる。
放課後の図書室。司書の人が居ないのをいいことに吉田くんと二人でおしゃべりしていた。どうやら私たち以外には誰も図書室にいないようだ。部活が盛んな学校はこういうものなんだろう。

今日は転入生が秋山さんのとこに来たんだよね?という吉田くんの投げかけから始まって、今は私が獄寺という人物で話題を展開している。
まあ原作通りではあるが、一限目をサボッていた沢田くんと獄寺が教室に帰ってきたとき、彼の沢田くんに対しての態度がガラリと変わっていた。二人して二限目に出ていなかったときはほとんどの生徒が(さっそくダメツナのやつ目つけられたか…)と合掌していたのだが、その後の獄寺隼人の態度の豹変に度肝を抜かれた。
沢田くんの少し後ろで周りを警戒するように付き添う様は仰々しい雰囲気を出している。そして謎の「10代目」呼び。
異様な空気の教室であったが、明日あさってにはそれをすんなり受け入れているここの生徒にはなかなかの適応力があると感心してしまう。もしも原作を知らない私ならいつまでたっても動揺してる。
吉田くんにとって転入生獄寺隼人の話はツボらしい。先ほどから大変お気に召されている。


「おもしろい人なんだね。一度会ってみたいなぁ」

『えっ!…お、おすすめはしないかな…』


獄寺に気に入られない限り睨まれ文句言われ最悪ダイナマイトを取り出す。むやみに近づくなんて非常に危険だ。というか沢田くんの苦労が増えるんじゃないかな。


『あっ、ね、それよりさ!吉田くんに聞きたいことがあるんだけど』

「僕に?もちろん答えられる範囲なら協力するよ」

『ありがとう!あのさ、私ずっと異世界に関することばっかり調べてたでしょ?』

「うん」

『それに関連したような…突然どこかに飛ばされたとか、たとえば記憶がすりかわったとか、突然知らない場所に居たみたいな話を詳しく知りたいだけど…』


どうかな?と尋ねると、吉田くんはううんと考えこむようにテーブルにある小さな傷をじっと見つめる。それから閃いたようにパッと顔を上げてこちらに視線を寄越した。


「あっ…僕が最近興味あることなんだけど…」


それから吉田くんが不意に真剣な顔つきになる。


「エイリアン・アブダクションって知ってる?」


130302
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -