「松本、お前このままだと卒業どころか留年すんぞ」

 放課後、職員室に呼び出された俺は、担任の口から告げられた言葉に絶句した。

「ハァ!?俺ちゃんとテストは点取ってんだろ!?」
「テストの点が良くても平常点が足りてないんだよ。お前授業サボってどこ行ってんだ」
「体が弱いので保健室に…」
「そう言う時だけ敬語使っても無駄だ。体が弱いとか言って体育は全部出席してるじゃないか」
「チッ」

 担任は溜息を吐いた後、引き出しから山盛りのプリントを出してきた。

「お前の単位が危ない現代文のプリントだ。これを今週中に終わらせたら単位はくれてやる。よかったな、優しい俺が現代文担当で」
「…」

 優しい奴が出すプリントの量じゃないんですけど!?

「ま、別に誰かに手伝ってもらうのは構わないが、脅したりしてパシらせてんの発見したらその時点で単位はないと思えよー」
「そんなことするかよ…」

 ざっと見た感じ100枚ほどあるプリントを、俺は教室に持ち帰った。現代文で問題の文章が多いから必然的にプリントの量が増えるのは分かるが、それにしても100枚は多すぎねえ?しかもこれを今週中に終わらせろとか鬼かよ。

「最悪だ…」

 こんな量のプリントを家まで持って帰る気にはならず、とりあえず昼休みや放課後を使って終わらせることにしよう。

「現代文なんて授業聞かなくてもある程度点取れるだろ…」

 俺は中学の頃、優等生というわけではなかったが普通に勉強ができた。どちらかというとヤンキーとか不良と言われるようなグループに属していたが、その中で唯一高校に進んだ。しかも普通に偏差値も悪かねえ進学校。

「ハァ…」

 別にいい大学に進学したいわけじゃなかったし、普通に卒業できればそれでよかった。ほどよく授業をサボって遊びつつ、ちゃんとテスト勉強はやってきた。なのにあのクソ担任のおかげで俺は留年の危機である。ありえねぇ…

「とりあえず今日はこのあと予定もねえし、下校時刻までやってやるか」

 そうして俺はこの大量のプリントたちの1ページ目に手をつけた。


***


 キーンコーンカーンコーン

「っしゃー、今日の分終わり!」

 下校時刻を知らせるチャイムと同時に俺はペンを置き、グッと伸びをした。

「お疲れ様、松本くん」
「オェアッ!?」

 突然背後から聞こえた声に驚いて変な声が出た。振り返ると、同じクラスで優等生の象徴みたいなメガネをかけた斎藤が立っていた。

「え、なんで斎藤がこんなとこにいんの」
「鍵閉めだよ。生徒会の仕事だからね」

 斎藤は手に持っていた鍵を俺に見せて笑った。そういえばこいつと話したことって、あんまりねぇな。

「ああ、悪い。すぐ帰る準備するわ」
「いいよ、急がなくて。それより松本くんが残って課題やっているなんて珍しいね」
「あー…課題ってか、これやらねえと単位がやばいらしくて」
「へぇ…」

 斎藤は俺のプリントをチラッと見たあと、何かいいことでも思いついたように俺に笑顔を向けた。

「手伝おうか?」
「え、いや、悪いだろ。しかも現代文だから結構面倒だろうし」
 
 斎藤は優しいものを見るような目で俺を見た。

「松本くんって、見かけによらず良い子だね」
「…悪かったな」
「拗ねないでよ。褒めてるんだから」
「拗ねてねーよ!」

 俺がそう言い返すと、斎藤の手が伸びてきて俺の頬に触れた。

「え、な、なんだよ…」
「僕、松本くんが羨ましくて仕方なかったんだ」
「…っ」

 斎藤の手がスルスルとおりてくる。首を通ってネクタイの結び目のところに指を引っかけた。

「授業をサボったり、いろんな友達と遊びに行ったり、僕ができないことを簡単にやってのける君が心底羨ましかったんだ」

 斎藤はそのまま俺のネクタイを解いた。

「さ、斎藤…?」
「だからさ、僕がプリント手伝う代わりに、僕との遊びに付き合ってよ」

 斎藤がメガネを外した。裸眼のコイツは初めて見たが、整った綺麗な顔をしていた。

「お前、メガネないほうがモテると思うぞ」
「あはは。今この状況でそんなこと言えるなんて、松本くんは鈍感なのか余裕があるのかどっちなんだろ」

 斎藤の綺麗な顔が近づいてきた。避けねえと、分かっているのに、体が動かない。

「んっ…」

 そうこうしているうちに斎藤の唇が俺の唇に押し当てられた。俺は今、斎藤とキスをしている。

「さ、さいっんぅ…」

 隙を見て名前を呼ぼうとすれば、口の中に斎藤の舌が入り込んできた。後頭部に手を添えられ、逃げられなくなっている。

「んっ、ふぅ…」

 俺は行き場のない手で、斎藤の制服の裾をそっと掴んだ。それを何かの合図だとでも思ったのか、さっきよりも舌の動きが激しくなった。ただの童貞の優等生かと思っていたが、こいつは慣れていた。

「ぅ、んぁ、待っ…」
「…」

 酸欠になりそうになって、俺は斎藤の体を押して引き離した。唇が離れるとツーっと糸が引いて、俺は顔が熱くなった。

「ななな何でキスなんかしたんだよ…!」
「言ったじゃないか、僕の遊びに付き合ってって」
「あ、遊びでキスなんかすんじゃねーよ!」

 俺は口元をゴシゴシ擦って、斎藤から目を離した。あんなキスしておいて顔見れねぇ。

「松本くんって案外ウブなんだね。可愛い」
「か、かわ…!?」
「約束通り、プリント手伝うね」

 斎藤はメガネをかけ直して、俺の机の上に積まれていたプリントの後半部分をゴッソリ取って鞄に入れた。

「え、そんなに…?」
「いいよこれくらい。すぐ終わるだろうし。その代わり…」

 斎藤は相変わらずの綺麗な笑顔を俺に向けた。

「また僕の遊びに付き合ってよ」

Fin
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