確かにあの頃は友愛だとわかっていたのに、これが言い知れぬ不安だと気づいた時を忘れてしまった。恋だ愛だと悩んでいる時はまだよかった、と後頭部を見つめる。こっち、向いてくれないかな。いつも俺が話し掛けないと振り向いてくれないから(しかも天然の気があるこのきまじめには)きっと無理だろうけど。あー、顔見たいし声聞きたいかも。すきだ、すき、ばか。意地悪って言われてても実は面倒見良いところが好き。案外手入れされている髪が好き。全部好きすぎて溢れ出たのが伝わってしまうんじゃないかと心配になるくらい好き。すきすき。こっち向いて、と沢山唱える。愛を囁くように、或いは呪うように。通じたら嬉しい。肩甲骨のへんを見つめていると唐突に左近が振り返った。ぎくりと大袈裟に体が跳ねて自分で驚く。

「三郎次」

「…なんだよ」

 びっくりした。もしや俺の心を読まれたんじゃないか、そんな風に思ってしまうタイミングに少し焦るように返事をする。「今、何か言ったか?」「いや別に」「…じゃあなんでそんなに眉間にしわが寄ってんだよ」「いや別に」。悟られないようにと素っ気なく返事をしたらほのかに不機嫌になった左近はふうん、と唇を尖らせてから俺の頭を撫でた。
 何で撫でる?

「具合悪いのか?」

「いや全然…」

「ならいいけど、無理はすんなよ」

 心配だから、と前を向いてしまった。今更だが今は自習なので先生はいない。一年は組の奴らにでも捕まっているのかもしれない。けれど一つの年の差は小さいようでとても大きく、先生がいなくても教室に騒音や声はなかった。席も立たない。沈黙が重たいわけではないけど誰も喋ることを許されていないような空気の中、左近は俺の異変に気付き喋りかけたのだ。うわ、今思うとこれ凄い嬉しい。感激。顔が緩むのがわかる。誰にもばれないようにと窓の方を見た。
 窓枠の向こうにさらっとした空とやわい月が見える。青と白。それがあまりにも綺麗だったので少しだけ息が詰まった。左近はもう後ろを向かない。俺はそんな後ろ姿をまた見る。意識せずとも視界に入る。そんな小さいことが無性に嬉しくて、少しだけ顔を伏せた。誰にも聞こえないくらいの声を出す。滲んだ好きが伝わってしまえばいい。

「…すきだよ」

 (伝わらなくても、まあこれはこれで。)






100505/月が綺麗ですね

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