尾浜勘右衛門は生きていた。忍術学園の中で、依頼され人を始末し、心が欠落して尚、誰の目にも留まらぬように、見つからないように。見つかっても記憶に留まらないように。それはどれくらいの時間が経っても変わり得ない事だったし、変わらない筈だった。それも過去形である。今ここに勘右衛門はいる。私の前に出て来て、私以上に本質を見せない笑みを浮かべながら私と会話している。不思議。
 会話のネタがなかったから、一番の疑問を聞いた。しかし返事がなかったので、二番目に気になっていることを口に出した。なんででてきた。思った以上に震えていて頼りない声が、空気を揺るがす。勘右衛門はこちらを見ず、どこか遠くを見つめながら軽く笑った。

「なんとなく。」

「理由は」

「特に無し」

 屋根の上は冷たい風が雰囲気を満たしている。それ以上聞くなと言っているのかもしれないと思ったが、勘右衛門は本当に理由がないらしくくつくつと喉を鳴らす。嗚咽のようにも聞こえたが、真偽のほどは確かではない。もう一度聞いてみる。なんでお前は笑ってんの。でもやっぱり返答はなかった。ごうごうと屋根と建物全体を揺らすくらいの風が吹き抜ける。ばさっと頭巾がはだけて余った布が煽られていた。夜の空は星で埋め尽くされているので布を見失うことはない。それを視界の隅っこにいれながら、勘右衛門がゆっくりと口を開くのを見た。
 月日は早いよ。それも思ってた以上に。まばたきをしてたらもう夜だった。息をしてたらもう金曜日だった。寝て起きたらもう、こんなに時間が経っていたんだ。

「あと」

「何だ」

「頭痛がさあ、収まらないんだよね。がんがんって、」

「…どれくらい痛い」

「そりゃもう、ありえないくらいがずっと。物心付いた頃から」

 酸欠になったみたい。死神みたいに目を細めた勘右衛門は、そっと私の手を握る。にぎりしめる。助けてよ。え。君達との差を埋められない俺を。そのまま首元に這った手が襟首を掴む。時差を持った私とそいつが、ようやく対峙した瞬間である。今日までありがとう、明日からよろしく。あとさよなら、と聞こえたと同時に勘右衛門は堰を切ったように泣き叫ぶ。聞き取れるのは、心からの謝罪だった。

(ほのかに漂う鉄の臭いは、私の鼻をようやく刺激した。こんなに近くにいるのに、こいつからしないわけがない。塀を隔てた外側だ。そいつが誰なのか私は知らない。それ以来見ない顔を私は思い出せない。)






100415/Q3.Why do you live?

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