※現代



 熱くなる一方の体を持て余し目を開けた。しんとした暗闇の中、少しずつ目が慣れてきて薄暗い天井が見える。秒針の進む音と、窓の外の車のクラクションと、寮のカーテンから洩れる僅かな明かりが余計に私を追い立てた。辛い、なんて。喉に絡まる痰が煩わしくて咳をしても状況が変わるわけじゃない。どんどんおさまらなくなる咳と息苦しい呼吸が、ようやくおさまった頃、私の頭はぐらりぐらりと揺れていた。後頭部がふらつく感覚に頭を揺さぶられて、酷く気分が悪い。
 しねたららくかなあ、と馬鹿げた考えをテトリスのように頭が積み上げる頃、隣の滝夜叉丸を起こす気分にもなれず渇いた喉が張り付いた。もしかしたら、もう起きているのかもしれない。随分長いこと咳をしていたし、五月蝿くないわけがない。けれども滝夜叉丸が起きないのは私を気遣っているのだろう。もし起きていたら。
 かちゃりとドアの開く音がして耳をすませる。滝夜叉丸はああ見えて人見知りするタイプなのですぐに起きると思ったのだが、そんなことはなく、微動だにしない。泥棒だったらどうしよう。ひやりとした何かが額に当てられる感触で、薄く目を開けた。

「…く、」

「喋らない方がいいよ」

 言葉が成立するその前に久々知先輩が私の唇に人差し指を当てる。漏れた吐息混じりの声がずいぶん掠れていてうんざりする。

「皆に止められたけどさ、我慢できなくて来ちゃった」

「…」

「大丈夫…ではなさそうだな。あ、体を起こして平気そう?というかじゃないと薬飲めないからちょっとごめんな」

 私の背中を片腕で支え軽々と、それでいてゆっくりと起こした先輩は辛いよなあ、と水を差し出す。受けとって少しだけ口に含むと、喉が焦げて滲みた。それが不快で顔をしかめると、先輩があやすかのように頭を撫でて手を握る。手を握った先輩がまるで呪文のように呟く。綾部の悪いものは俺が取ってあげるから、ゆっくりおやすみ。寝て起きたら、こんな悪いもの無くなっているから。おやすみ綾部。

「すきだよ。」

 それは本当に呪文のようだった。低い声が耳に残って、瞼に感じた柔らかい感覚にいよいよをもって眠気が訪れ、それに伴い瞼が落ちる。私の意思とは別に睡魔が動かすそれはまばたきをするより楽で心地よく、手から離れる温度が名残惜しい。声が出たならここにいてと言えたろうに。


 ぱちりと目を覚ますと私は芋虫になっていた。はいつくばって携帯を開き時間を確かめる。五時半三分前。窓の外がほのかに明るい。補足だが芋虫になったと言うのはちょっとした冗談であり、私はのろのろと立ち上がる。ああけだるい。寝起きで覚束ない足がカーペットを踏み締めた。ついでに同室の滝夜叉丸の髪も。(数本抜けた)僅かに動いた体を見逃さなかったけど、滝夜叉丸が何も言わないから小声で謝ってから窓を開ける。夜を明けた今日は、馬鹿にしているかのような清々しい朝だった。






100102/真夜中小戦争

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