※現代



「氷が食べたい」

 仰向けでかったるげにだらけきった体制の仙蔵、多分風邪っぴき十八歳。が畳に短い(まあ男にしては長い)ながらも女が羨むサラッサラストレートの髪の毛を散らばせながら口を開けた。氷を寄越せとでも言いたいらしい。蒸したじゃがいもでも突っ込んでやろうか。しかし病人(仮定)にそんなサディスティックなことはできない上やったらきっと顔面にグラタンの刑だろうなあととりあえず思考回路を探る。
 冷蔵庫兼冷凍庫を一瞥して中身を思い出す。確か、冷蔵庫には水と茶とハムと野菜。冷凍庫には、…冷凍食品なるものがあるようなないような。はっきり言えるのはこいつご所望の氷がないことくらいである。残念だったな。

「生憎この家に氷はない。」

「…それはほんとうか」

「嘘ついてどーしろっつーんだ」

「じゃあアイスでも」

「黙れ」

 口が寂しい、喉が熱い、等などありったけの不満を漏らす仙蔵に仕方なく手元にあるガムを放り投げてやった。銘柄はキシリトール黒。げほげほと咳をしてぶつくさ言いながらも仙蔵はもむもむとガムを噛んでいる。食べんの早くねえか。なんかお礼とか言えよ。サンキュー文次郎。すげえむかつく。ああ。

「…うお」

「…」

「…エヴァごっこか」

「なんだそれは」

「退け」

「嫌だ」

 からからと満足気に笑う仙蔵ににじり寄って上から覆いかぶさってみた。頬に手を添えるとその異常に熱い体温にびっくりする。俺の体温が低いのか。暑苦しいから触るな。絶対離れるかっつー。特に理由はないけれど仙蔵の言いなりになるのは釈然としなかった。

「暑くないか」

「暑くない」

「そうか」

 なんとなあく辛そうな仙蔵になんとなあく髪をすいてこめかみにキスしたら時々お前がよくわからん、と不平がきた。そうか。俺はいつでもお前がわからん。むぐ。

「文次郎、後で氷を買いに行こう。アイスボックス。」

「別にいいけど、味のなくなったガムを人の口に移すなばかたれ」






090831/窒息死の予感

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