※現代



 いつもと少し違う(と言ってもあまり変わりはない)カーディガンを着て利吉くんが訪ねて来た。きり丸が新聞配達に行くくらい早い時間に。余談だがきり丸と狙ったかのように入れ違いだった。
 いつも通りの笑顔といつも通りの甘ったるい声を携え、ついでだがきっちり靴も揃え、2LDKのせまあい空間の空気を吸った。遠回しな表現にしすぎたか。部屋のひとつはきり丸の物置と化し、ひとつは私の仕事をする部屋なので必然的にリビングにあげる。床に座るにも律儀に失礼します、なんて、まどい。

「正座崩しても構わないよ」

「いえ、大丈夫です。」

 今日は何の用件で、と尋ねれば久しぶりに半助さんの顔を見に、と爽やかに言われ苛々した、なんでかって、顔だけ、みたいな感じがしたから。利吉くんは私に会いに来ればいいのだ。私、に、会い、に。そんな感情が伝わるはずもなく。利吉くんはこの頃のことをつらつら述べ、弾かれたようにそうだ、とカーディガンのポケットを探った。

「先生。これをどうぞ」

 差し出された拳から、ぽとり、と手の平で咄嗟に受け止める。本屋に行けば傍らに売っている大玉の飴。カラーセロファンに包まれたそれをどうしたのと尋ねたら利吉くんはべりべりと大きいロリポップの包装紙を剥いでいた。君のポケットは四次元かなにかか。

「何か口に入れてないと落ち着かなくて」

「ガムじゃないなんて珍しい人だね君は」

「ガムはどうにも苦手で。」

 飲み込んだらどうしよう、って思いませんか。確かに飲み込んだら確実に体に悪いが、そこまで神経質になるものでもない。カラーセロファンを引っ張ると薄い水色の飴が溶けてべとべとになっていた。セロファンにあたりの文字はない。残念。そのどろどろの飴を口に入れて周りのべったべたを舐めた。

 安っぽいソーダの匂いの中で、ただ静かに飴を舐める。馬鹿みたいな。それでいてこんな時間が幸せだと思う私は年寄りじみてるんだろう多分。ばきり、つい癖で飴玉をかみ砕いた。ミルキーやハイチュウ等はかむ人が多いだろうが(というよりもあれはかむものか)、普通の大玉をかみ砕く人は少ないとは思いつつ、かんでいないと落ち着かない。ごりごりと大きい部分を削り終えたら芯の部分を思いきり。かみ終えた。隣でロリポップをしゃぶりながら飴はかむものじゃありませんよ、と利吉くん。かんでいないと落ち着かない、変わってますね、そうでもないと思うけど。

「先生、ご存知ですか?」

「何を?」

「飴をかみ砕く人はえすらしいですよ」

「…へえ」

 興味なさそうですねえ、なぜ?と利吉くんが大層面白そうに飴を舐める。ちらりと隙間から見えた赤い舌に欲情にしながら思考を蔓延らせた。

「そんなの迷信だろう」

「どうしてそう思うんです?」

「…そりゃあ、まあ」

 君を見てるとそう思うよドS野郎。口に出さずに最後の飴をがりがりと潰した。利吉くんはいまだに無駄にでかい飴をエロチックに舐めている、ああ、なんて憎たらしいこと。






090731/サディストとマゾヒスト

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