※数年後



「久しぶりだね」

 満開の桜が薄い青の空に舞っていた。数年前ならこの桜吹雪の中で花見をやったり、すこしだけ囁きあったりしていたのに、今は違う。数年ぶりの雰囲気こそ変わっていないものの、いつでもそらすことの無かった目線を合わせようとはしなかった。

「身長、伸びました?」

「伸びるわけないだろう」

「私は伸びました」

 少し近付いて頭を撫でても前のように恥じらう反応はない。顔を俯き加減のまま先生は視線をずらした。

「私は行くよ」

「…はい」

「敵として会うかもしれないけど。…まあその時は私が負けるだろうね」

 くすくす笑う先生の言葉を止めたくて仕方なかった。そんなわけないだろう、私が貴方を殺せるわけがない。例え貴方が私を殺せても。
 先生はいまだにこちらを向いてはいないけど、長い長い時間一緒にいたんだ、表情くらいはわかる。次会うときは忍びじゃなくて普通に恋仲として会いたいです。そうは言わなかったけど。そういえばもう先生は先生じゃないんですね。それも言わなかった。

 ようやく先生がこちらを見た。ああもう、泣きそうな顔しないでください。別に我慢する必要ありません、と頭に置いていた手を掻き回すようにすると先生はそれに隠れるように懐かしいね、と呟いた。

「出来るなら、ここから逃げたい」

「…」

「敵とか味方とか…そんなんじゃなくて、いままでみたいに、うやむやに、」

 戻りたい、と思いきり私の胸に飛び込んできた。これが、最後。体温も匂いも感触も全部。数年ぶりの髪は前よりもっと傷んでいて、よく見ると先生自身も傷だらけだった。数年は、あまりにも重すぎる。
 どくり、と伝わる鼓動は恐ろしくいつもどおりで泣きたくなった。

「ねえ、利吉くん」

「なんです」

「私を殺して」

「絶対やだね」

 素が出た。
 顔に書いてありますよ、ほんとうに?、よくわかります、他愛のないはなしではないけど、少し言葉を交わして、忘れて、と笑う先生が顔をあげた。

「私の存在を忘れても良い」

「…忘れません」

「…意地っ張りだなあ」

「じゃあ貴方は忘れるんですか」

「…絶対やだね!」

 顔を見合わせてくすくす笑ってからぼろぼろ零れる涙を袖で拭った。こんなの、初めてだ。

「また会いましょう」

「また会ったら駄目なんだよ」

「…じゃあ、生きてください」

「…そういう極端なところすきだな」

「私は貴方を愛していますけど」

「…うん」

 自分に踏ん切りを付けて抱いていた先生の肩を離した。体温は手にある。その存在の形はなくなってしまったけど、確かにここにあった。少し距離をあけて、くるりとこちらを向く。少し赤くなった目元で、花が綻びそうな笑顔とともに、

「、君に、会えて、よかった」



        、
 唐突にぶわりと吹いた風に目をつむる。ただ最後の笑顔だけは視界の端に映ったけれど。目を開けて、周りを見回しても誰もいない。痕跡すらもなくて立ち尽くすばかりだったけど袖口は確かに濡れている。
 ぎしぎしと今にも壊れそうな心臓を押さえながら、ただ俺はさっきの笑顔を思い出していた。(きっと忘れたくても忘れられないんだろう。見慣れた笑顔も、なにもかも。)






090525/美しかったから

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