※現代



 仙蔵が物凄く珍しいことに料理の本は何処かと尋ねてきた。献立かレシピか栄養構成、どの辺りかと聞けばパスタ、とだけ返ってくる。お前料理できるんだから適当に作れないのか。そう思ったが藪をつついて蛇を出すのは趣味じゃない。
 とりあえず最近の雑誌と専門的な本を二冊選んで手に取って、何も言わずに窓際のはしっこを陣取った仙蔵に本を渡した。基本的に料理は出来るんだしメニューの参考にでもできればいいのかもしれない。言ってくれれば選びやすいのだが、言わないということは聞かれたくない可能性もある。
 ありがとう、と受け取ってから(二冊並べて見比べた後に雑誌を選び)ぱらぱらとページをめくり始める仙蔵をおいて、また本の整理整頓でもしようかと思った。しかしなんだか仙蔵が話したいオーラを滲ませていたので向かい側に座る。仙蔵は何かしたいことがあるとすぐにわかるな、と思いつつも、私からは聞かずに待つ。目的の特集の見開きを開いた仙蔵は何かを考え込みつつも、なんだかご機嫌だった。

「パスタにあう茸はなにか知ってるか?」

 意味がわからん。ただし真顔のために言うことは憚られ、少しの沈黙を引き摺りつつシメジとマイタケ辺りは小平太が好むと口にした。ちなみに私はエリンギが好きだ。少しだけ声を潜める。図書室にいる人は少ないとはいえ、やはり公共の場であり、仙蔵も察していつも凛とした声のトーンを下げる。
 好むとか言ってみたものの基本小平太に嫌いなものは存在しない。ひじきが嫌いだとは言いつつ残すことはしない。小平太のことなんてどうでもいいか。
 綾部が食べたいって言ったからなあ。
 聞いてもいないのにそう溢した仙蔵は、いつもの鋭さは何処へやら、ふんわり笑ったが雑誌から目を離すことはない。恥ずかしいのか。仙蔵にもちゃんと羞恥心があるんだなあ、何て、失礼なことを考えた。秘密である。

「これ、貸して貰えるか。」

「丁度入れ換える時期だから、持っていって構わない」

「…すまん。助かる」

 マイタケのトマトクリームパスタがお気に召したようで、雑誌を小脇に抱え(モデルウォークみたいに綺麗に)図書室から出ていった。しんとした空気が充満する。窓から吹き込む空気が当たるこの場所は少し寒い。いつの間にか利用者のいなくなった図書室は、なんだかもの悲しげに見える。人っ子一人いないことを確認して、少し大きな声を出す。窓の外に聞こえるくらい。

「聞こえたか」

「はあい」

 小さいながらも聞き取りやすい声が返ってくる。
 図書室の裏側は、土が柔らかい。窓は今日は日差しは強いものの風があって、クーラーよりも涼しいから網戸。仙蔵の声と共に止んだざくざくという土を掻く音。ここまで言えばあとはお察しの通り、網戸を開けて窓から見下ろせば、綾部喜八郎がまだ浅い穴の縁に座って足を揺らしていた。今の時代、裸足なんて危険だと思うのだが。今更か。

「暑くは?」

「少し。でも日陰なので大丈夫ですよ。滝特製のスポーツドリンクも持ってきていますし」

 ちゃぷり、とラベルの剥がされたペットボトルの中で、少し濃く濁った液体が揺れた。
 深い意味はなかったんですけど、そんなに先輩が気にするとは。綾部はなんだか申し訳なさそうだった。わがまま言ってやった方が喜ぶ。ああ見えて甘やかしたくて仕方がないのだから。

「でも、先輩の料理あんまり食べないので、楽しみです。」

「作ってはくれないのか。」

「ああ、いえ、作ってくれるとは言ってくれるんですけど…」

 けど。言い淀んだので復唱。したら、少し照れたように鋤で手遊びしたまま、大切そうに言葉を続ける。

「せっかくなら私が作ってあげたいじゃないですか。」

 これまたあんまり見せない笑顔を見た。今日は凄い日だな。死ぬのかもしれない(くらいの天変地異だ)。しかしこの二人、よく似た者同士である。完全に気付いていないだろうが、どちらとも私にのろけたのだ。のろけられた、聞いてるこちらが恥ずかしい。一緒に作れば万事解決なのでは?






120721/尽くしたがりのあの子ら

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