彼はどうして穴を掘るのか。なにかを埋めたい。誰かが落ちて不幸になるのを楽しんでいる。天才トラパーとしての快感。ああでもないこうでもないと最近流行りのちょっとした思考当てだった。当たらないクエスチョン。答えの用意されないもの。中心人物の綾部喜八郎はそんなもの気にせず穴を掘る。アイデンティティーを守るように。


「なんで呼吸の仕方を忘れることはないんでしょうね?」

 桶に組んである水で掘り返した土を湿らせて、泥団子を作りながら、綾部は首をかしげた。今は少し乾かして周りの土を剥いだものを手のひらで磨いて球体を整えている。(ちなみにその前に山を作り上げ、一人で穴も貫通させてトンネル化させていた。)(そのせいで綺麗な髪も顔も土まみれである。)
 綾部の唐突な台詞に、俺は疑問符を浮かべるばかりだった。この一言を言われる前に俺が穴を掘る理由を尋ねていたから。俺の話はシカトなのか。しかし恐らくこの問いに答えないことには、綾部喜八郎との会話は終了の一途を辿ることになるので。

「あー…やっぱり本能じゃないか。生存するための本能。考えるまでもない生命的な働きで…」

「それと同じです。プラスアルファで私の趣味。そして抵抗、オームですよ。」

 アンペアと、ボルトと、オーム。唯一の邪魔者さん。俺の回答を遮ってそう言いながら、泥団子にはもう飽きたらしくそのまま作られた砂の山の上にぼとりと落とされる。欠けてはないから随分と硬く作ったらしい。黒光りしていてとても上手いと思うのだが綾部の心に引っ掛かることはなく、すぐに捨てられてしまうなんて。(俺も、そうなるのかなんて少し思った)

「穴を掘ると、地球の中にはいれるでしょう。私たちが普段介入できない、重力みたいな、圧倒的な力に手を伸ばせるようになるんです。とても、不思議だとは思いませんか。本来なら抗えない何かに、抵抗できているんですよ。」

 パシャッと足を桶の中に突っ込んだおかげで水が跳ねる。綾部の声は弾んでいて、後ろ姿しか見えなくても楽しそうなのがわかった。お前の頭の中、開いてみるか入り込むかして何を考えているのか分析してみたいよ。いやはや、ほんとうに。

「存在する理由に抵抗するのは些か面白い」

 濡れた足を上げて。ぐしゃりと。土を踏み潰す。
 (君のこと。わかりっこないけど、努力だけはしたい。でも俺には複雑すぎて、難易度が高すぎる。理解はできなくてもいいから、それを見つめるのは許してくれるだろうか。いつか少しでも俺のことを君に覚えていて貰えるよう。)

「それに、今更じゃないですか」

 どさ、と踏み込んだままの足で土を蹴って穴に落とす。テッコちゃんは使わないの。ええ、汚れてしまいますから。何を、埋めてるんだ。さあて、なんでしょう。(ただの、穴?)(あまり気にならなかったが風向きが変わったせいか、はたまた土が落ちて空気が動いたせいか、腐臭がひどい。)
 これは誰か。なんてね。

「綾部喜八郎ですよ。」

 見たことがないくらいのきれいな笑顔は、泥にまみれていた。






120223/星を作るレシピ

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