※マチルの如雨露



 近付くと死ぬ花があるらしい。

 布団の中で先輩に聞いた。一番最初に考えたのは最近の天気(ピーカンのち快晴時々入道雲)。雨が降ってないから枯れてしまうかもしれない。宇宙に近い空を見上げると、乾いた空気は綺麗に星が照らしていた。昼間に行こうものならとことん掘り下げられるだろうから夜。まあ、どちらにせよ先輩は気づいていて言わないだけだと思うが。
 如雨露を片手に聞いた花の場所に向かう。後で怒られることより気掛かりだった。
 しばらく森の中(少し離れれば多分歩きやすい道なのだが、あえての判断)の土と草でできた狭い道をペタペタ歩いていると見晴らしの良い崖に出た。はしっこにまだ開ききっていない花がぽつんと植わっている。これか。黒く夜空に溶けていた。どこら辺が毒なのだろう。毒はないのか、周りに狂暴な熊か何かがいるのか。理由はわからない。ただ、首だけ振り返った花と静かに目が合う。水気をなくして死んではない。よかった。

「近づいたら、死ぬよ」

 すぐに目蓋を伏せるようにしながらそっぽを向いてしまう。だいぶ元気がない。

「でも水がないでしょう?」

 危険だと警告する黄色い線と錆びた鎖を越える。バレないようにと窓から出てきた裸足の裏が、崖の乾いた土を踏みしめた。小石がちくちくしたが痛みには慣れていたから騒ぎ立てるほどではない。こちらをまだ見ずに崖に腰掛けながら足をぶらぶら揺らしている。座ったら、動けなくなりそうだったからその隣に立った。随分なまっている、役に立たない体だ。膝に笑われている。このやろう。

「死んでもいいの?」

「…」

 まあ、僕はお荷物ですから。死ぬついでに水を。喉につっかえる。精神的にではなく物理的に。(調子はよくないらしい。)喋ったら余計な異物を吐いてしまいそうだ。ごほ。少し肌寒い。上着を持ってくればよかったな。
 如雨露を傾けて水をやる。雨の如き露。しおれていた花びらが潤う。黒に近い青が濡れた。

「それより、どうして嘘を?」

 話を反らした。声は掠れなかったが、咳がでる。キャッチボールの硬球をホームラン。そんな感じだったが、察してくれたのかそれ以上聞かない。優しい人だ。優しい、花かな。

「…ちゃんと、咲けるか自信がなかったんだ。俺より、俺の上の星が綺麗だから」

 上を見てみる。確かに綺麗だけど、遠い。彼は近い。ただ浮かない顔をしているのが惜しかった。勿体ないですよ、綺麗なのに。綺麗かな。きれいです。綺麗がゲシュタルト崩壊してきた。

「皆、嘘つきは嫌いかな」

「貴方は照れ屋なだけでしょう、大丈夫ですよ。」

 一人ごちた彼は私の方を見た。目が、私を貫く。ふむ。というかそれだけで大それた嘘をついたことの方が怒られるのでは?まあ、それでも、私は別に。例えみんなが嫌いでも。



 身をかがめて軽く唇をくっつけた。はじめて、した。テレビでのみ見た愛情表現。病気は花にうつらないから安心できる。

「私は好きですよ」

 重かった如雨露は軽い。つられて足取りも軽かった。溢しきれずに縁に溜まった水滴がちゃぷ、と揺れる。綺麗に咲いたら。そしたら私が持ち帰ろう。それくらいには彼が気に入った。崖っぷちから驚いたようにこちらを振り向いている目と目があう。面白いなあ。

「また明日」






110831/花と病人とまた明日

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