「たも…虫取り網が破れたので直してくれませんか」

 用具委員長の部屋を訪ねる。すぐに、入れよ、と襖が開けられた。奥に保健委員長の姿はない。大方落とし穴にハマってトイレットペーパーをぶちまでもしているのだろう。手に取るように思い浮かべることが可能だ。大方喜八郎のせいなのだから怒っていいんじゃないか?悪いとは思っていないようだし、やめなさそうだが。立花先輩や浦風が見張っていればいいのに。
 しかし、この部屋。どうにもすごい臭いが染み付いている。来年使うやつがかわいそうだ。(ちなみに昨年度の二人の部屋は有り難く物置になっている。)
 とりあえず虫取り網を渡す。…まだ名前はつけてない。手早く細い綱を絡ませ、先輩は俺が奥を見ていたのに気付いてたらしくあいつのせいで鼻がおかしくなりそうだろ、と嬉しそうに笑った。うんざりしつつ、楽しそう。仲が良いとは聞いていたが思った以上。

「食満先輩は怒らないんですか」

「もう慣れた。言っても聞かないし」

 むしろ最近は手伝うくらいだ。笑う食満先輩に思っていたことがそのまま口をついて出る。卒業しても仲が良さそうですね。軽い気持ちで言ったら、食満先輩の手が一瞬だけ止まった。卒業。実際に言ってみると随分おもっくるしいな。まずった。痛恨のミス。しかし先輩は心の内(はたして心なんてものまだお持ちなんでしょうか。語彙力が低いため言い換えができない。)をおくびにも出さず、「あいつは、イイヤツすぎるから」と、嘲笑っぽく吐いた。溜め息混じり、ただし九割が溜め息。

「敵でも味方でも関係ないって繰り返す。今はまだ大丈夫でも、いつか自分が助けた人に殺されるんじゃないかなって、心配はしてる。」

 忍者の最後なんて呆気ない。誰にも知られずひっそりと消える。溶けるみたく、跡形も残さず。伊作も、俺も。

「もちろんお前も」

 そうならないように学園にいるのでは。そう、それもあるが、無条件で守られる。守られる。子供だからと生きてるんだよ。
 ここから出たら文句は言えなくなるのだ。殺されようと利用されようと。俺も薄々わかっているんじゃないのか?音沙汰いっこもない、先輩たちの行方。噂なんてあってはならない職業柄ゆえ余計に。それが。胸騒ぎのわけ。

「まあ俺もひとのこと言えないけど」

 直したもの、運んだもの、作ったもの、種類が多い分俺の方が…と濁して先輩が出来上がったらしく立ち上がった。癖なのか、靴のつま先で地面を叩く。(足袋というかコンと固い音がしたので恐らく武器やら何やらが入っている文字通り靴だ。)

「竹谷も、あと一年で出来るだけ生き物との関係を改めろよ」

 (殺せなくなる前に、と省略されているような言い方だった。)じゃあ伊作探してくる、と残して食満先輩は部屋を出た。鼻が慣れてしまったので、臭いもなく俺の部屋とあまり変わらない部屋。それが無性に怖くて息がつまる。覚悟を、先輩はもうしている。俺はしてない。その差だ。高学年になるほどいなくなる生物委員という立場の、妨害。
 握った虫取り網の綺麗に繋がれた網は、まだ少し、俺には重い。






110821/とおいみらいのこと(ではない)

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