彼が生きているんだかいないんだかわからなくなってしまったのは、ここ数年のことだった。ちょっと行ってくると抜け出してからめっきり見当たらなくなってしまい、ああ何かしらの気に触ったのだ、と恨みを募らせるでもなく、そんな余地も窮屈もはらいのけることもなかった。泣くこともしなかった。ただその現状を認識して、わかってしまったとき、毎日作っていた夕ごはんの無駄と最後に交わした言葉をよく思い出せないのが、惨めで。

 焼け焦げるような痛みがじりじりと、たしかに、広がっているのがわかる。時間と共に蝕んでいく。糸が切れて決壊したのは今日の夕方。生体機能のひずみが溜まっていたのだと思った。これは夢だと理解したくなかったのだけれど、不思議なことに、夢の中なのだとは、すぐにわかっていた。
 夢の中の彼は、これでもかってくらいに透明で薄っぺらく、名前を聞いて確かめたことがない。ただそこにいて、こちらを見つめているのかもわからない、ぼんやりとした視線。それでいて僕が彼を見つけると消えてしまいそうで曖昧でしかない存在感。
 それが今だけはしっかりとした声と確立した姿を保っていた。

 声を、かけることができない。それでもいいと思った。だのに、がりがりと、終わりが足音を立ててやってくる。だめ?もうだめ?答えてくれないのは、優しさ?残酷だね。僕が幸せになれるわけないってわからないわけじゃないんだよ?それにしたって冷たすぎるやしません?
 生唾と冷たい喪失感を飲み込んだ。こわい。おぞましい。見たくない。聞きたくもない!ねえ、そばにいてくれるだけでいいよ、それだけでさぞかししあわせを獲得できるでしょう。僕から奪わないで。



(どうか)

 目の覚める音がする。高速で遠ざかる。もう二度と会えなくなる彼は、どこまでもこちらを見ていて、最後のほんの一瞬に元気で、と。(泣いていた気もする)(夢で会うために今日も走って、届くように叫んでた。ばれないように、ごまかすように笑い。さようならを言いたくないからおはようを言い。おやすみは。)臆病で僕には言えなかったのであった。
 これだ、これこそが僕の痴愚だ。ぼくはおろかで、よわくて、ずるくて、まちがっているばかだ。気にしないようにしていたこころは、(どうやらこの分だと彼がいなくなってしまったときから)ずっと泣いていたのだ!

 何もかもをつんざいてしまいそうな耳鳴りよ、どうか、止まないで。欠片となって笑っていて。僕の一部分になって。望めるならもう一度。一度と言わず二度、何度でも、僕の前に現れてよ、別れがこんなに辛いとは思えなかったの。






110514/欠片となって笑っていて
痴愚

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