※七年前



 泣き疲れたような土井さんは、息も立てず身動きもせず静かにしていた。家の物置のすみっこに座り込む彼は、しばらく口も開かず呼吸の音も消してあまり喋りたくはないようだった。多分ストレス。極度の。
 そっと触れて熱を測る。しばらく高温が続いてはいるが、気にした様子は見られない。体調も崩れてないものの食べていないから少し不安だ。

「今日は静かですね。」

 しとしと降り続く雨は、激しいものではない。ただただ沈黙を引き伸ばす雑音であった。彼が逃げないように見張りも兼ねて物置にいる私を認識しているのかいないのか。謎だ。すっと立ち上がってくしゃくしゃと髪の毛を混ぜくりかえしてから少し離れた位置にひいてある布団に胡座をかいた。

 「君も、飽きないね」
 ざりざりに掠れた声が肌をまとわりつく。顔は上げてないけど、初めて聞いた声。小さかった。今にも雨に溶けて地に沈んでしまいそうに滲んで、どろどろになる。もう一回喋って。もう一回と言わず何度でも喋ってほしい。

「関心を通り越して呆れるよ。」

 抑揚はない。まさに忍者の鏡のような、人を放棄した感情の乗せ忘れた音。
 それを聞いたら今となってはもう心の奥底から逃げ出そうともしない土井さんに、僅か十一の私に何ができるのだと思った。土井さんは感情をどこかに根こそぎ置いて忘れてきてしまった。なら、私の。

「忍者を、忍者の全てを葬りたい。」

「…私も、私の父も忍者ですが」

「いつか死ぬ。でもそれより、」

 私は、何より私が憎い。見殺しにしてきた人も村も仲間も全部ひっくるめて、自分が殺したものも受け止めて死んでしまいたい。暗がりの中、視線がこちらに向くのがわかった。これくらいなら忍者の端くれでも、わかる。
 そして私はどうやら。(助けたいのかもしれない。怖いのと戸惑うのとがこんがらがってごちゃ混ぜになってはいるが。)

「私は、貴方を助けたい。貴方の中で恨まれて今にも溺れて泣きそうな貴方を引き上げたい。私の息で生きてほしいのです。悲しみも寂しさも悔しさも怒りも全部私に渡していただけるなら、ねえ、貴方は私に愛をくださるでしょう。」

 どうかしにたいの同義語を口にしてしまわないで。貴方が怖いものを私に教えて。消してしまうから。揉み消して見せるから。
 土井さんの顔に手を添えて覗き込んでみる。体温は相変わらずあつい。劫火に身を投じてしまったかの、よう。

「それはエゴだろう」

「そうですね。私は貴方の傷付く様を見たくはない。」

 (見飽きた、とでも。)

「…変なの」

 ぎこちなく笑って、土井さんは私の肩に顔をうずめる。強いひとだった。相対して、そっと触れるだけの接吻を交わしたが、はたしてこれは何の感情に伴ったのだろうか、私には皆目検討も付かなかった。






110505/そのかなしみすべてさ

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