春の匂いが冬の気配に混じっていて、もうそんな季節なんだな、と変わり目に触れた気がした。つい最近まで大雪が降るほど寒かったのに。残った雪は今はもう太陽によって溶かされている。そんな時に狙ったようにその人が来るので、春一番と縺れているんですか、と尋ねたことがあった。なんで?なんとなく。そんな馬鹿なこと、あるわけないだろう。忍者というくくりの中で先輩とも先生とも認識できる利吉さんは、変なところ大人びて、子供っぽい。そう感じたのは新しくない。

 足を揺らしながら廊下の端を陣取り、数人訪ねてきた生徒をあしらって校庭の授業を見つめていた影。利吉さんだ。一年と五年の合同演習中、(とは言え鬼ごっこだが)担当は山田先生と土井先生。ここまで言えば、利吉さんが何を目当てでここにいるのかわかるだろう。

「君何しに来るの?いつも会う気がする」

「偉大なる先輩に話を聞きに、ですかね」

 ちなみに、竹谷の委員会は下級生が多いから、こういうのも得意だ。兵助と勘右衛門もあれで年下になつかれやすい。私は始まった瞬間に抜けて、すぐに利吉さんを見つけたわけである。誰にもわからないように、とは言えないが(先生は気付いているだろうし)目立ちはしていない。もしや、利吉さんにバレないで行けるかな、と思ったのが間違いだ。

「あいにく、そんな暇はないよ…見ればわかるだろ?」

 一体この人は仕事中どんな表情をしているんだろう。学園では笑顔しか見せないのに、多分、全部うそ。先生の後ろ姿を目で追いながら手の中の手裏剣を研く。他にもまきびしやら小しころやらをじゃらじゃら言わせながら完全に休憩している様子だった。
 雷蔵はあらゆる人から好かれやすい。楽しそうに、それでいて捕まらないようにひょいひょい躱しながら跳ねている。見ながら利吉さんと間を空けて隣に座った。一寸ばかりもこちらを見ようとはしない、から、話す気も失せる。この人、本当にめんどくせえ。

「私の優先順位の一番は君でない。君のそれもまた、私じゃないだろう?」

 お互い同じようなものだ。違う、訳でもない。間違いなく的は得ている。当たらずとも遠からずとも近からず。検討外れでもなく。あまりにも大きな溝で、崖だった。(いっそのことなら逃げて落ちて。)こんな不毛なもの、続けて何が楽しいのやら。だけども浮わついた気持ちなんかではないと。だから私は、貴方が。

「じゃあ、これから仕事だから。先生の姿見に来ただけだし」

「…背後にお気をつけて」

「心配どうもありがとう。
…あと、誤解してそうだから言っておくけど。私は君のこと嫌いじゃないよ」

 物理的とは程遠く、利吉さんは強い風に紛れて見えなくなった。砂塵を起こしたそれは鬼ごっこを一時停止させる。人間とは好意より嫌悪の方が心の奥深くに残るものだ。こびりつく。ざらざらになって、少しずつ酸化して、渇いて。
 得体の知れない何かは、多分この胸の内のど真ん中を陣取っている。それは彼だ。彼の方はどうなのか知らないが。近い位置にいるならそれはそれで厄介な話。






110314/鉄錆

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