髪を切ってくれないか、と裁ち鋏くらい大きな鋏をしゃきしゃき鳴らしながら、久々知先輩は私を訪ねた。部屋ではなく、土で汚れた服やら髪やらを乾かしていた廊下である。べしょべしょに濡れた廊下の板を拭きながら(滝に怒られたため渋々である)(ほっとけばすぐに乾くのに)(いじわる)肌をひんやりと冷やす風を受けていた時だった。はあ。いきなりですね。
 自分の髪に手櫛を通したら草花が絡み付いてきた。ぱっぱっと適当に払う。花の色が綺麗に揃っていないので、どこを通ったかな、と穴を掘った場所をおさらいした。忍術学園の共同地域。裏々山の至るところ。ちょっと遠い海。心当たりなら腐るほどある。

「ばっさりとやってくれ。」

 渡された鋏を受け取って背中を向けた先輩の後ろ姿を見る。無防備すぎる。このまま私がぐさりと刺したらどんな反応をするのかな。刺さる前に振り返られるかも、だからそのまま躊躇わず的確に急所を、と思わず殺人計画を立てたところで我に帰った。目の前の(黒)(埋め尽くすみたいな暗やみが、)髪は予想以上に伸びている。後頭部に鼻先をくっつけて、ひとつにまとめた状態の、そのまま。じょきんと。







「…やっぱり先輩は、長い方がいいです」

「そうか?」

「やめましょ。勿体ないですから」

 切れるはずもない。なかったけれど。改めてわかった。私は先輩の髪の毛すら好きだ。あまり先輩を構成する全ての物質が好きだ。原子分子から、雰囲気だとかそういうのまで。
 長さを整えるくらいで貴方にはちょうどいい。本当はそれすら嫌なのだが、毛先の方はキューティクルを失いパサパサだったから譲歩である。先輩は切らないと言ったことを粘るわけでも怒るわけでもなかった。おおらか。

「結ぶのめんどくさいんだけどな、綾部がそう言うなら…。前髪は?」

「邪魔になるほど伸びてないですよ」

「…まあ確かに、」

 邪魔ではない、と前髪を摘んでいる先輩の毛先だけをじゃきじゃきと切った。糸のように廊下に落ちて、緑とか色とりどりの植物を隠す。手触りがいい。
 思い立って髪の結び目のところにさっき払った小さな花の茎を拾ってさす。真っ黒の中に赤いのが、一つ。目蓋の裏に焼き付いたそれは毒みたいに私の意識を混濁させる。私は恐れを知らぬ子供だった。






110303/嘘をおふたつ抱きなさい

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