雨上がりの空は、口では伝えられない色だ。
 土の湿った匂いがする。まだぱらぱらと小雨が降る空は、青空が垣間見える。下に視線を落とせば水滴が草の緑を際立たせ艶やかだった。光っている、と、言ってもいい。痛いくらい綺麗な色、が映ってる眼が。

「この季節は雨があがれば気持ちいいね」

「はい」

 足取り軽くご機嫌に水溜まりを踏み鳴らす土井先生は、ぐっと伸びてから木陰に逃げる。ぴっちぴっちちゃっぷちゃっぷ、ばしゃんばしゃん、ぐちゃっ。割れるような水しぶきの音と潰れるような泥の音と雑音が混ざる。ひどく耳鳴りがする。葉のすき間から落ちる光が先生をほのかに照らした。

「利吉くん、こっちおいで」

 手招きされるがままに近寄りしゃがみ込むと、数ヶ月放置されていた髪の毛を絡めるように私を抱きしめる。先の方が、少しだけ黒ずんでいた。あとで切って貰おう。
 利吉くん、とよく通る声が、私の肌に混じる。その先に続く言葉は、聞かなくてもわかっていた。私もですよ。ざあっ、風になびく緑が代弁しているようで。とてつもなく恐ろしい。先生の目を、青緑(混色ではない)が彩っていた。本当の色を、誰がわかるのだろうか。極彩色のこの世界で。

 (生きれなくなるまで、会えなくなるまで、貴方しか写さないようにしたいんですよ。わからないでしょう。私の腹が何色かなんてわからないでしょう。仮定としてわかったとしても、貴方にはこの気持ちが、私が、理解できないでしょう。)(私にだってわからないのに)(あなたにわかるはず)
 ないのに、と思わず苦笑した。貴方は綺麗な青緑色に見える、ことが限りなく嬉しくて。青緑が染める。視界を全部。感情さえ、声すら。匂いも辺りの色もすべて。じわじわと葉の影が模様を作って。その間も青緑になる。あわたつコバルトグリーンが、泣きたくなるほどせつなくうつくしかった。






100707/すべてうつくしすぎる

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