死んだ筈なのに何故ここにいるんだろうか。真っ暗な夜。月は出ていない。この暗闇の中で私は死んだからだ。死んだ時の記憶が曖昧だが、まあ死んだという事実だけはわかる。ぐっと手を結んだり開いたりする。感覚はあった。
 ぱちっ。と、いつもより大きなまばたきの音がする。私は一体何をすればいいんだろうか。何か未練があったとは言えない。実際無い。

「綾部じゃないか。こんなところで何やってるんだ」

 五年生の長屋の庭で。と後ろを振り向けば厠に行こうとしたのかは知らないが久々知先輩が首を傾げていた。見渡せば確かに庭である。五年生長屋に近いらしい。まあ確かに。四年と五年は関わりないですが。どう言えばいいのか(自分は死んでるとか言っても変な奴と思われるだけなので)わからなくて特に何もしてないですと応えた。

「ふうん」

「先輩こそ何を」

「気配がしたから出て来た」

 へえ。縁側に胡座をかいた先輩が私を呼んだ。寄る。穴は掘らないの。ええ、今はそんな日じゃありませんから。なんだそれ。

「あんまり話したことなかったけど、綾部は面白いな」

「ありがとうございます」

「また暇な時にでもここにおいで」

 私死んでますよ。少し声のトーンを落とす。どうやら先輩には届かなかったようで。よかった。とりあえずわかりましたとは言ったが嘘を付いているようで釈然としない。今自分の足を見下ろすと、靄がかかっていることに気付く。私は死んでいる。今この瞬間も先輩と話すべきではないのだ。それでも止めようとは思わない。もういなくなるから、少しのわがままくらい。許して神様。

「では、そろそろ」

「ん」

「また明日」

「ああ、また明日」

 にっこりと笑った先輩を見てよかったと思う。ここに戻れてよかったと。関われてよかったと。何より先輩と話せてよかったと。次の日、綾部喜八郎が死体として見付かるとしても。






100625/ノスタルジア

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