またパロです()
高校数学教師兼生徒指導顧問×成績優秀野暮眼鏡美術部員高校生なクロユシです。
クロウが若干クズいのはいつものこと(当社比)。






「ありがとうございました、またお越しくださいませ」
そう、商品を詰めた袋を手渡しながら会釈をする。
がんばってね、と快活に笑った四十後半くらいの女性に、形だけの笑みで返した。
その後ろに並んでいた客が一歩近付き、カウンターに手の中のそれを音を立てて乗せる。
「お待たせいたしまし……」
思わず言葉を詰めてしまった。
置かれる音は煙草のそれに類似していたが、形は正方形に近く、パッケージのファッション性も高い。
とはいえ、この時間にスーパーでコンドームだけ買っていくなんて、とその骨ばった指先から辿るように視線を上げてしまった。
「よ、」
その顔を、その声を認識した瞬間に、油の切れた錻力の様に身体が軋み、固まった。
その様を嘲笑うかのように、銀髪のかかる赤い瞳が唇と同じ三日月型にすっと細められる。
「……チッ」
「おいこら、舌打ちすんな」
「セクハラで訴えるぞ」
最悪だ、と音にはせずに呟き、視線を落として箱をレジに通す。
意外と値段の張るそれに呆れながら、とんだ教師だと睨み付けた。
「よりもまずお前が生徒指導室行きだよ、知らなかったは通用しねえぞ」
何を、とは言うまでもなくバイトの事だろう。
バイトは校則で禁じられているのに加え、信じられないことに目の前の男は生徒指導の顧問でもあった。
面倒な奴に見付かってしまった、と重い溜め息を吐く。
しかし当の本人は素知らぬ顔で、軽い音を立てながら丁度の金額の小銭を受け皿に置いた。
「話がある、あとどれくらいで終わる?」
「残念ながらまだまだ終わらないな」
まさかこのまま直ぐに指導しようというのか、ときつくなる視線を眼鏡を押し上げる仕草で隠し、ふんと鼻を鳴らす。
すると目の前の男は憎たらしいほど芝居がかった動作で薄い群青色のシャツから覗く腕時計に目を向けた。
「そうか、あと十分くらいで二十二時なんだがな。仕事が増えたかな?」
本当に運が悪い、そう思うと同時に謀ってこの時間に来ただろう教師を、今度は隠しもせずに強く睨み付ける。
しかしその視線すら愉快だと言わんばかりに、その口元ははっきりと笑みを浮かべていた。
「……もう終わる」
「そりゃ良かった。表の黒いS4、わかんだろ」
呟きに返されたのは優しい声と人当たりの良い笑顔だったが、袋を渡す時ふいに触れた指先は、酷く冷たかった。

目当ての車は探さずとも見つかった。
このまま何も言わずに逃げようかと企んでいたが、流石にその辺りも抜かりない。
運転席に座りながら黒革の手帳に目を通すその男に近付けば、そこから視線を上げぬままウィンドウを下し指先でちょい、と助手席を指した。
「おつかれさん、まあ乗れよ送ってやっから」
「……」
もうここまでくれば逆らう事も面倒だと思い、二度瞬きをしてから素直に助手席側に回る。
黒いドアノブに爪跡でも見舞ってやろうかとも思ったが、結局出来ずに只大人しく乗り込んだ。
「……わかるのか」
「あ?」
シートベルトを締めながら、殆ど吐息に近い声量で溢す。
それでも視線を向けない教師に居心地の悪さが増し、無意識のうちに唇を歪めていた。
「、家」
「あー……、ま、自分のクラスの生徒の個人情報は常に持ち歩いてるし?」
いつ何があってもいいように、そう言って手帳を後部座席に放り、ついでとばかりにドリンクホルダーに収められたスマートフォンをとんとん、と指先で叩く。
住所まで控える物なのだろうか、と疑問が浮かんだが、横に居る教師と必要以上に会話をするつもりは毛頭なかった。
音もなく灯ったライトに横目でちらりと視線を向ければ、筋の浮いた左手がギアを入れ、サイドブレーキを下してハンドルに戻っていく。
「しっかし、わざわざ家と反対にある場所ならバレないと思ったか?ばかじゃねえの」
運転をしている姿は魅力的に見える、と以前バラエティー番組で女性のキャスターが言っていたのを思い出していたのも束の間、投げられた言葉に不愉快さを取り戻し奥歯を軋ませる。
首ごと窓へと向け、その一切を遮断しているのだと姿勢で示した。
「しかもそれ、部活終わって直行してるにしろ制服のままとか嘗めてんだろ」
それでも止むことのない卑下の込められた説教紛いのそれに、膝の上の学生鞄を、正しくはその中のクロッキー帳の角を、強く握りしめる。
伴って上がる布地の悲鳴が、控えめなエンジン音の響く車内には酷く不釣り合いだった。
「言い訳くらいは聞いてやるよ」
赤信号に停止しギアをニュートラルに入れサイドを引くその一連の動作に、一切の迷いはない。
「――あの家に居たくない」
発した声は思っていたよりも明瞭なものだった。
視界の隅で、顔を背ける歩行者用の信号がちかちかと点滅をする。
「……それだけだ」
ギ、と軋んだ音を立てるそれは不快なものではなかった。
ギアを戻すその手つきも、乱暴さは見受けられない。
それどころか、黒板に向かってチョークを走らせる常よりも繊細さが感じられた。
「……で?バイトしてさっさと一人暮らしでもってか?」
言葉が返ってきたのはそれから二つほど信号を通過してからだった。
「お前いいとこの坊ちゃんだろ、何が不満なの」
一度瞼を下してから、街灯を透かして規則的に光る銀髪に目を向ける。
生憎、非対称に伸ばされた横髪によって、その向こうに佇む赤がどんな色を乗せているのかは窺えなかった。
「だからだ」
政治家の親なぞ碌なものではない。
自分の思い通りにいかない息子が邪魔で仕方がないのか、ここ最近は碌に目も合わせていなかった。
まして今、兄は家を空けて名高い大学の近くで一人暮らしをしている。
美術にばかり打ち込み政治に目を向けもしない、ましてや愛人の子なぞ、一日二日家に帰らずともあの人は気にも留めないだろう。
「時給は」
そんなことをぐるぐると考えていた中で投げられたものは酷く簡素な物だった。
いつの間にか膝の上の鞄へと落ちていた視線を、二度の瞬きを挟んでから再び銀髪に向ける。
「……最低賃金」
「ッハ、そんなんでいつになったら自立できんのかね」
アホらし、と発せられた声は突き放すようなそれに似ていた。
解り切った現実を突き詰められ、また奥歯と拳に力が篭る。
沈黙するより他に、抗う術はなかった。

どれほどそうしていただろうか。
家に大分近付いた大きな交差点の辺りで、ふいに教師がああ、そうだと思い付いた様に声をあげた。
長い沈黙を破ったそれに顔を上げれば、脇道に入ったところで車体が路肩に寄り、ハンドルに置かれていた手によってハザードが焚かれる。
「おい、何をして――」
塀によって扉を開く事も出来ないほどのそれに不満を含んだ視線を頭ごと運転席に向ければ、その男はシートベルトを外しているところだった。
おい、ともう一度口を開こうとして、しかしぐっと身を乗り出してきた教師との距離の近さに喉が張り付く。
そう時間は経っていない筈なのに随分と懐かしく思えるその赤い双眸が、身体の自由を奪っていったらしい。
「なんなら良いバイト紹介してやろうか」
「……は?」
絞り出した疑問は酷く情けないものだった。
教師の香水の香りが、艶笑をたたえる唇が、震える唇に迫る。
「俺とのエンコ―」
ぎ、と教師が顔の横に伸ばした腕に体重を乗せたせいで、軋んだ音がサスペンションから届く。
唇同士が触れ合うギリギリの距離で囁かれたそれに、焦点の定まらない瞳をいっぱいに瞠った。
「俺が呼んだ日に家に来て、適当な飯作って適当にセックスさせてくれればそれでいい。そんだけでこれくらいは出してやるよ」
一日で、と目の前でゆったりと二本の指が振られる。
今この場でこんなことを、しかも未成年にのたまう男を誰が教師だと信じるだろうか、とどこか白けた思考が頭の片隅を過る。
しかしそのおかげで僅かに冷静さを取り戻し、ゆっくりと唇を嘲笑の形に歪めた。
「まさかそっち好みだったとはな」
それでも強がっていると言わんばかりに震えた音に、指先に、しっかりしろと叱咤する。
「違えよ、ただお前なら抱けるってだけ」
そっと腕を擡げ、髪を梳く指先の感触が全身を肌を粟立たせる。
冷たい汗が頬を伝ったような気もするが、気のせいかもしれない。
「そんな馬鹿げた――」
しかし虚勢を張り続ける様に、ゆったりとした動きで吐息がかかる距離から身を引いた男がくつくつと喉を鳴らした。
「いいぜ、蹴るならそれで。どっちにしろ俺は今回のことを報告して、お前は稼ぐ手段を失う。そんだけ」
「ッきさ――っぐ」
その先に紡ごうとした言葉は、口内に侵入してきた長い指による衝撃で既に頭の中にすら残っていなかった。
じわりと皮膚の味が舌の上に広がり、逃げを打つ舌を節の出た人差し指と中指が追い立てる。
「そんな口利いていいと思ってんの?生徒指導のセンセーに?」
ぐちゅぐちゅと嫌な水音が頭の中で響くのが嫌で、視界が潤むのが情けなくて、指に舌を捕らえられたまま頭を振る。
決して教師への回答を返したつもりではなかったが、しかしそうと解釈した銀髪は満足げに笑みを深くして指を引いた。
「さ、どうする?……乗るか、ソるか」
「っ、……暴力は」
他人の皮膚の味が残る唾液を嫌悪を堪えながら飲み下して、戦慄く身体を押さえつけながら睨み上げる。
すると笑んだまま指に残った粘質のあるそれを舐め取りながら、教師は銀髪を揺らして肩を竦めた。
「そんなんしねえよ趣味じゃねえ」
今度は教師の唾液を纏った二本の指が、開いた襟の隙間から首筋に伸ばされる。
擦り付けられた水気はそこに確かな冷たさを伝え、脊髄を嫌な何かが奔った。
笑みを模る赤い双眸がまた、どうしようもない程近付く。
「援助、が付くとはいえ交際だもん、やさーしく甘やかしてやるぜ?」
「――最低な教師だな」
何故か震えることなく落とされたそれは、囁きであった所為かどこか甘さを含んで暗い車内を満たす。
その甘さをも食い尽くすように重ねられた唇は、未だ味わったことのない、大人の味をしていた。



20150608






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