【そうして僕は君に嘘をついた】

「いやぁ、ホント健気だよなぁ、アイノアちゃん」
いや、お前もか。そう溢して目線を手の中に収まる厚紙でできた箱からゆったりとあげる。それによってその目には、当然のように視界に入り込んだステンドグラスから漏れる月の光を阻む木製の祭壇と、そこに貼り付けられたかの如く凭れる神父が映った。く、と元から緩んでいた頬が目元を歪めるように持ち上がる。
「毎回毎回、飽きもせずに目を光らせて。疲れねーの?」
今度は明確にその影へ声を掛ければ、項垂れ表情を隠していた金の髪が静かに一度揺れ、その下の鋭さをもった空色と云うには彩度の足りない瞳を覗かせた。昼間、少女や信者達に向けられていた表情とは全く似ても似つかないその色に、言い知れぬ愉悦を感じて首を僅かに傾かせる。その動きを真似たのか、神父の両腕を一纏めにして戒めている蛇もゆらりと頭を揺らした。
「……貴様が、どこぞへ去れば、この苦労も無くなるの、だがな」
「ありゃ、まだ喋れんの、頑張るねぇ……」
息も絶え絶えといった様子で肩を揺らすその神父に投げた疑問は返答を求めたものではなかった。それでも危うさはあれどしっかりと紡がれたそれに、苦笑を送ってから組んだ足に肘をつき、天に向けた人差し指の腹をくいと曲げる。それに合わせて、腕に絡んでいた蛇は待っていたと言わんばかりにその青白く、しかしまだ血を滲ませる四つの点が残された手首に飛び付き牙を立てた。
「っ!!……、ぅ」
走る痛みに顔を歪め、痛みの元凶である蛇の巻き付いた腕から顔を背けるように喉仏を晒すその姿が酷く嗜虐心を駆り立てる。しかし牙が抜かれたその瞬間から更に敵意を色濃くした視線を投げてくるのだから、思わず乾いた笑いを腹の底から溢してしまった。
「飽きないのは俺もか」
はあ、と笑いの余韻を乗せた溜め息を落とし、再度手の中の箱を見つめる。シックな黒い箱は例の如く水色の地に金縁の入ったリボンで装飾が成され、さて次から自分にも寄越されることになるその包みは果たして同じリボンが結ばれているのか否かと目を細めた。指先でその端を摘まみ上げ、小さな音をたてながらそれをほどく。ほどいたそれは地面に落とし、黒い箱の上蓋を指で弾くように開けば、そこには親指の爪ほどの大きさで丸められたチョコレートが四つ、規則正しく並べられていた。
「お、なんだっけかこれ、トリュフ、だったけ?」
その箱を水平に保ったまま、組んだ足を少し大袈裟に戻しわざと靴音を立てて祭壇まで歩み寄る。すっかり項垂れてしまったその視界に映るように屈んでその箱を目の前に掲げてやれば、先程より光の失せた氷の様な瞳が僅かだが泣きそうに震えるのが見えた。ぎしりと、形の良い唇の奥で歯が噛み締められる音が聞こえる。
「神父サマにってくれたんだから、食うだろ?でもその状態じゃあ食うのもままならねえよなぁ」
愉悦を隠しもせずに落とされたその声に顔を背けることでしか反抗できない、恐らくものを食べるのも難しいだろうその様を眺め喉をならして嗤う。微かに震える黒衣に包まれた四肢に、もういいかと蛇を右袖に迎え入れれば、放り出された左太腿の上で一纏めにされていた両腕が小さな衣擦れの音を伴って力無く手首から落ちた。それでも身動ぎすらしない様子に笑みを深くして左手で支えるその箱を神父の傍らに置き、その中から一番歪な丸を描くそれを一粒指先で拾い上げる。
「だからほら、俺が食わせてやるよ」
人差し指と親指で軽く支えたその柔らかな粒を見せ付けるように一度神父の前でゆらりと揺らしてから、無造作に口に放り込む。食事も水分も必要としない体は長くその味に触れていなかったためか、それとも少女の込めた想いゆえか、その塊は酷く甘ったるく感じられた。噛まずとも口内の熱でじわりと溶け出すのを、それでもその先の楽しみに堪えられずに上顎と舌で押し潰す。
「やめ、ろ……」
意識も既に靄がかかったように不明瞭な筈だが、それでもその矜持は頑なで崩れない。そう云う所がまた堪らなく嗜虐心を煽るのだと、いつになったらこの神父は理解するのだろうか。僅かに乱れた金糸から垣間見える瞳がじわりと脊髄に快感を這わせ、嫌だね、と言葉にせずに目を歪めることで応える。そのまま、暗闇にぼんやりと浮かぶ抵抗の欠片も見せない青白い輪郭を撫でてから僅かに上を向かせて固定し、呼気ひとつ逃してなるものかと血色の悪い唇を塞いだ。顎を辿って指先でなぞる頬は生を疑うほど血色が失せ、それでも息苦しさからかしっとりと汗ばんでいる。
「っふ、……ン」
鼻を抜けて漏れでるか細い喘ぎが耳に心地好い。既に薄く開かれていた唇の隙間から甘い唾液を流し込むように舌を押し入れると、その長い睫が嫌悪か、はたまたそれ以外の何かに震えた。苦しげに嚥下する間にも、僅かに残っていた塊も互いの舌を絡め、擦り合わせることで溶かしきる。目と鼻の間に重く沈殿するような甘さが質量を伴って脳を侵していくようで、逃げをうつ熱を容赦なく引きずり出して唯ひたすらに貪った。舌の芯まで痺れているのか録な抵抗も応えることもしないその唇の端から、飲み込まれそびれた唾液がゆっくりと伝い、おちる。薄く開かれた瞼の奥の空色が硝子玉のように曇っているのを認めて漸く、震える舌先を丁寧に掬い上げてからゆっくりと離す。
「……なぜ、こんな……」
吐息が触れる距離で溢された囁きはその先を紡がれることは無かったが、何を問いたいだろうかは手に取るようにわかった。弱々しく震えることによって更にその耽美さに拍車のかかった唇を、指先でなぞるように拭ってやる。
「酷い真似をするのか、って?そんなの一つしかねえだろ」
既にその嫌悪に濡れる瞳と快楽で染まった耳と屈辱に震える唇は犯した。さて次はどこを犯そうか。そんな事を考えながら左に頭を傾け、その顔を見下ろす。だが暫くはあの少女と戯れるのもアリかもしれない。他の人間を巻き込めば巻き込むほど、この神父は殊更好い顔をするのだから。
「お前が好きで堪らないからさ」
さて、目の前の神父と哀れな少女は、これからどんな顔を見せてくれるだろうか。




お題ひとつめ。これが「愛おしくて堪らない」なら嘘にはならないのでしょうねそしてやらかした感が否めない()





20150415

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