(クロユシで宗教ネタのパロ)



神父さま、とか細く高い声にゆっくりと振り返る。
そこから目線を落とした先には、栗色の柔らかく波打つ髪を緩やかな風に靡かせる幼い少女が居た。
「こんばんは、神父さま」
「ああ、こんばんは」
はにかみながら俯いた少女と目線を合わせるために膝をつく。長く黒い神父服の裾が地面に大きく広がったが、それはさして問題ではなかった。
「だがこんな時間に一人で外へ出るのは感心しないな。何かあったのか、アイノア」
時刻は夕方と言うには既に遅く、街灯や月明かりを頼りにしなければ心もとない程に辺りは暗かった。それでも聖堂から漏れた柔らかな光によって、少女の姿は髪一筋も陰らず鮮明に浮かんでいる。
「ひとりじゃないですよ、ママも居ます」
そう言って、少女、アイノアは聖堂の灯りが僅かに届く、道路向かいの花屋を指す。既に花屋の戸は閉められていたが、その前には少女と同じ栗色の髪を持つ女性が佇んでいた。軽く会釈をして重力に倣った長い髪を耳にかけ直すその女性に、同じく会釈で返す。そうかと呟きながら視線を戻せば、少女は後ろ手に抱えていた物をおずおずといった様子で差し出した。
「これは……?」
差し出されたのは、拙くラッピングされた小さな袋だった。片手で足りるであろうそれを、それでも両手で下から支えるように包めば、かさりと小さな音をたてながら手に収まる。緩やかに揺れた袋を飾るリボンは、空色を地に両端に金の縁取りがされていた。それを十分に見つめてから、一度瞬きをして少女へ首を傾げる。
「その、クッキーを焼いたので、神父さまにもって、」
「――そうか、ありがとう」
ごく小さな声で落とされたそれに笑みを向け目の前の形の良い頭を撫でれば、少女は恥ずかしそうにスカートを握りながら俯いた。
「食べたら感想、くださいね」
「ああ、大事に頂くよ」
「約束、ですよ」
そう嬉しそうに笑って、少女は最後に太陽のような笑みを向けてから、全てを穏やかな目で見ていた自らの母の元へ駆け出す。それを目で追いながら地面に手を付くことなく立ち上がる頃には、二人の人影は重なっていた。
「おやすみなさい、神父さま!」
手を振る少女の横で、母親が先と同じように会釈をする。それに微笑みで返し、二人の背が闇に紛れるまで眺めた。

三度目の瞬きをする頃には、辺りは静かな闇だけが残っていた。ふ、と息を漏らし、踵を返して聖堂へと繋がる鉄製の門扉を押す。嫌な音を立てて開いた重いそれを、身を潜らせてから静かに押し戻す。
施錠はせずにそのまま、聖堂を正面に構え歩を進める。庭園にある噴水はまだ水の音を届けていたが、この時間では既に他のシスター達も聖堂には居ないだろう。
大聖堂と名は付いているものの、かつて居た場所に比べればここは随分と人の少ない、謂わば辺境であった。少し街から出れば見渡す限りの高原が広がり、その自然の豊かさに舌を巻いたのはまだ記憶に新しい。そのためか人々は温かみがあり、そして信仰も厚い。一つの要因を除けばとても良い暮らしだった。
そう、一つを除けば。

大きな木製の扉越しでも感じる、肌を射す様なそれに思わず舌を打ちたくなるのを堪えて眉を寄せる。
それでもここで立ち続けるわけにもいかず、ぐっと右腕に力を込めて扉を推し開いた。細かな装飾が施された木製の扉の軋む仰々しい音が礼拝堂に響き渡る。外の暗さも相まって、一瞬その明るさに目が眩んだ。ゆっくりとした瞬き一つで明るさに慣れた目をくるりと辺りに向ける。列を乱すことなく並べられた木製の長椅子も、奥に鎮座する大きなパイプオルガンも、その上で鮮やかな色彩を放つステンドグラスも、壁に施された神話を模した彫刻ひとつさえおかしな所は見当たらなかった。それでもこの喉を重く締め付けるような気配は、と靴音を響かせながら祭壇へと進む。漸く辿り着いた、列を成す長椅子より二歩ほど前へ出たそこで足を止め2対のステンドグラスを仰いで、いつもと変わらぬ祈りを捧げようとしたその時、礼拝堂内に四散していた嫌な気配が一気に背後で収束するのを感じた。
「おかえり、神父サマ?」
振り返る間も無く背後から首と腰を固める様に腕を回され、耳にその唇が触れる。吹き込むような囁きに合わせて吐息が鼓膜を震わせ、脳を伝って脊髄まで甘い痺れを走らせるそれを叱咤するように拳を握る。首を捻らずに目だけを背後に向ければ、くすくすと優越に合わせて揺れる銀の髪が見えた。不愉快さと嫌悪が募る。
「神の御許だ、控えろ」
「俺だって神様だぜ、いいだろ」
「巫山戯るな、我らは貴様への信仰を認めていない」
耳をなぶる水音と、神父服の合わせ目を腹から胸へ上下する指先に歯を軋ませる。背に身を付けるこの男こそが、この暮らしでの唯一の不満であり、そしてまたこの街へ赴いた理由でもあった。戦いと死の神としてこの地で昔崇拝されていた、他の神々を惨殺したという事以外神話としてあまり残されていない謎多き神。
「いい加減立ち去れ、そして二度と近付くな」
相手が悪魔であったならどうにでも祓えたものの、曲がりなりにも一度神として崇められていた者に力で敵う筈がなかった。するりと胸元をまさぐる骨ばった手に、下げていた銀の十字が触れる。しかしそれには目も向けず、ゆっくりと下りた手は脇腹を悪意を多分に含んだ手付で撫で上げた。
「俺がここから消えたら、お前さんはめでたくこんな辺境からオサラバって訳?」
「……っ」
耳朶をきつく噛まれ、思わず息を詰める。その声とも言えぬ音に喉を鳴らし、銀の髪の男は嗚呼、と肩口に顔を擦り付けた。
「今すぐにでも犯してやりてえなァ……大好きな神様の前で凌辱されるお前はきっと綺麗だ」
そう言って、明らかな興奮の色を乗せた溢された吐息に、全身の肌が粟立つ。あまりの侮辱にその身を引き剥がそうと身じろげば、さらにその腕による拘束が力を増した。
「その前に――」
「舌を噛んで死んでやるーってか?自殺は罪、だろ?」
否定できないのを解っていて、背後で男は囁き、嗤う。ステンドグラスから差し込む月明かりが咎めるように降り注ぎ、無意識のうちに目をきつく閉じた。
「ああ、そんな噛むなよ、勿体ない」
傷がつくだろ、と噛み締めた唇を指先でゆっくりと撫でられ、そこを震えるように戦慄かせた。くつくつと耳を擽る空気にさらに歯を沈ませれば、鋭い痛みが走った。男の緋色の瞳が三日月のように歪められる様を、視覚ではなく感覚で感じる。
「大丈夫。安心しろよ、まだしない。もっともっと罪悪に濡れる方がいい」
黒の詰め襟を乱し緩められ、僅かに覗いた白い首筋に口付けが落とされてから、一度だけその舌が薄い皮膚を愛撫する。そして、惜しむ素振りを見せながらも離された身体は背中に確かな体温を残していった。反するように、舐め上げられた箇所は外気によってひんやりとした感触を残す。それでも未だ、身体は蝋で固められたかのように動けずにいた。
「それまでは精々楽しむさ。何、珍しく、見えるだけじゃなく触れられるんだ。じゃなきゃ面白くねえだろ?」
沈める様な靴音が礼拝堂に響く。その手付き、感触までもが身体に染み付いているような気がして俯けば、金の髪が微かな音を立てて視界を覆った。あと数歩靴音を数えれば、ほんの暫くは解放される、と目を瞑る。しかし不意に、その靴音が止む。
「その手、ちゃんと手当てしとけよ?自傷行為なんて、神父にあるまじき事だ」
先とはまるで別人のような優しい声色に、いつからか強く握り締めていた右手の拳をほどく。そこには確かに爪の痕でくっきりと血を滲ませていた。それでも、反対の手は一切の力を込められなかったのは、少女から貰った小包がそこにあったからだった。その少女の笑顔が頭の片隅で浮かび、僅かに身体の硬直が解ける。その時だった。男がああ、とわざとらしく十分に聞こえる大きさで声をあげたのは。
「そういえば、アイノアちゃん、だっけ?かわいい女の子じゃねえの」
ひくり、と小さな袋を手にした指先が震える。声の方向に振り返ることは出来なかった。酷く軽いその口調が、嫌な予感を連れ立って背に冷たい汗を伝わせる。次にこの残虐な神が口にする言葉は手に取るように解った。故に、血の滲む右の掌を力を込めてある一定の角度まで捻る。
「聖母の名を持つ少女なんて、殺し甲斐がありそうだ」
銀の髪を揺らした男が酷薄な笑みを作り上げるのと確かな重量を掌に伝えた銀の銃口が向けられたのは、ほぼ同時だった。




いつかはやりたいと思っていたクロウ・クルワッハ
ネタでしたすみませんでした()
クラウ・ソラスといいアガートラムといいケルト神話になにかしら由来があるのなら戦いと死の神クロウも許されると思ったんです許されないですねごめんなさい。





20150406
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