思いついたシーンを何となく書き殴っただけのクロユシちゃん



一晩買ってくれないか。
そう、男は夕日を馴染ませた銀髪を風に揺らしながら言った。
「一晩でお前さんを虜にして見せるぜ?」
室内と外を隔てる窓から、漸く覗くか覗かないかの頭をベッドから上体を起こしたまま見下ろす。よく女を引っ掛けてはその場限りの関係で夜を凌ぐその男を、幾度となくこの窓越しに見かけはしたがこうして言葉を交わすのは初めてだった。にこり、と音がしそうなほど快活に、しかし嘘臭さを隠すこともなく夕日より紅い瞳が笑む。その顔で、何人の女を垂らし込んだかなど、別に関係の無いことだ。
「こんな病に死に行くだけの男に声を掛けるとは、余程景気が悪いらしい」
感染って死んでも知らないぞ、と自嘲と嘲笑を織り交ぜたように笑って見せれば、銀髪を揺らしたその男は二度瞬きをする。真冬の冷たい風が吹き込むのに、男の身に纏う黒のコートやその下の躰も随分冷えているのだろうと思った。窓から伺えるのは頭だけだったが、その身に纏うのはいつも決まって黒のコートだと知る程度には目で追っていたらしい。
「いや、感染らねえだろ、お前さんのそれ」
だからこそ、男の言葉に驚いた。こちらから目を向けることはあれど、この男から視線を寄越されたことなど只の一度も無かったのに、どうしてと。
下半身を暖める毛布が外気に触れたせいでいよいよ熱を失い始める。手触りのいいそれを指先で手繰っている間の沈黙を肯定と取ったのか、男は窓枠に手を掛けた様だった。キシリ、と木製のそこが悲鳴を上げた音に目を向ければ、銀髪の男が腕の力だけで既に窓枠に足まで掛けたところだった。
「初回サービスってことで、お代は一宿一飯でどーよ」
窓枠に犬の様な格好で腰を落とした男は、懲りずにまたも快活に笑んで見せる。よく見れば、いやよく見なくても知っていたが、役者にでもなれるのではと思える位には整った容姿をしていた。案の定、男が身に纏っていた黒のコートが冷たい風に裾を翻す。
「……とんだ押し売りだな」
既に男が手が届く範囲まで近寄られた時点で、拒否権はない事などはっきりしていた。先のように窓枠に飛び乗れるだけの力は、生れつき筋力に異状がある自分には無い。
抵抗して痛い目を見て金を奪われるか、暴力を受けずに金を奪われるかのどちらかだった。
「決まりだな」
ト、と軽い音を立てて窓枠を蹴った男が、ベッドを靴で踏み荒らすことなく飛び越えて木製の床に着地してみせる。一般的な成人男性の身体能力はここまでだっただろうかと思ったが、そもそも自分に出来ないことを思案しても仕様が無い。寧ろその黒い袖から伸ばされた掌がギシリとベッドを軋ませた事の方が問題だった。ベッドに付かれた腕とは逆の指先が頬をなぞり、外気と同じかそれよりも冷えた感触にふるりと睫毛が震える。
「忘れられない夜にしてやるよ」
囁き、近付く唇を拒む事は出来なかった。押し当てられ、啄まれる唇にそういえば初めてのキスだったかもしれない、と目を伏せる。触れる唇すら冷えきっているというのに、隙間から零れる呼気のなんと熱いことか。下唇をひと撫でして行った沸騰した粘膜に、頭が茹だりそうだった。
「っ、ん」
ついに侵入してきた舌にどうするのが正しいのかを知らずに、蠢く粘膜をただ好きなようにさせることしか出来ないまま受け入れる。ベッドを沈ませる腕を冷えたコートの上から無意識のうちに押し返すが甲斐もなくその腕は絡め取られ、ベッドを沈めていた腕が膝に変わり距離を縮めただけだった。ぐっと寄せられた上体に相対して、口付けも一層深くなる。
「は、ん……ぅ」
舌先も唇も思考すら麻痺していく様で、不必要な程漏れる吐息を抑えられないまま為す術もなく情欲を引き摺り出されていく。言葉に違わぬ手練にただ喘ぐ事でしか対抗が出来なかった。唇の端から混ざり合った唾液が零れ落ちても、それを拭う気力すら湧かない。
「名前、なんつーの」
離される熱に名残惜しさを感じるほど重ねられていた唇に、ゆっくりと時間を掛けて瞼を持ち上げる。霞んだ視界に映るのは随分と優しく大人びた表情をした男だった。熱に浮かされたまま、戦慄く唇を開いてみせる。
「……必要があるのか」
一夜限りの関係に、名乗り合う事など意味がないだろうと思ったからこその悪態だった。だと言うのに、直後後悔している自分に気がついてその下らなさに眉を顰める。知りたかったとでも言うのか、この男の名前を。呼んで欲しかったとでも言うのか、その男の声で。





このあとめちゃくちゃセックスした。






20171204

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