生徒指導×美術部員パロにジークフリードも登場させてしまった話。
生徒指導の双子の兄兼ヤのつく家業の若頭みたいな。
美術部員は二人に抱かれたお金で美大生になって一人暮らしも叶ったあたり。






天気予報を信じて折り畳み傘を持ってこなかった自分が馬鹿だった。いっそ下品にも聞こえる雨音をエントランスを出てすぐ、僅かに屋根の掛かるその場所に立ち尽くしたまま、傘な目もくれず家を出た今朝の自分に舌打ちをする。
横目でちらりと振り返れば、磨き上げられ地面に弾かれた雨に僅かに表面を濡らされたガラス張りの自動ドアから、一組の男女が出てくるところだった。
やべえめっちゃ雨じゃん傘持ってない。私折り畳みあるよ。持つから半分入れて。そんな会話をしてから、開かれた女子らしい小振りな傘に身を寄せ合って駅までの道のりの雨を凌ぐ。
成程、電車通学ならこういった時少しは濡れずに帰れるのかと、歩いてそこそこな距離にアパートを借りた事を少し後悔した。
左手にあるアルタートケースの中身はプラスチック製のそれのお陰で雨に濡れることは無いだろう。しかしショルダーバッグの中身はそうはいかない。さて一体何を入れていただろうか。
スマートフォンはポケットにある。ならば、財布と充電器と、筆記用具、スケジュール帳。昼食時に買ったペットボトルの紅茶。そんな所だっただろうか。
濡れても構わない訳では無いが、この際致し方ない。雨が止むまで実習室で待とうにも、止む気配は無い。ならば走って帰るより他に選択肢は無い。
とんだ災難だと深く溜息を吐いて、コートの裾を手繰りながら叩きつける様な雨の元に駆け足で踏み出した。ああクソ、思った以上に濡れるし、冷える。

冬場の雨は酷く冷たかった。髪は既に頬やら首に張り付き、不快極まりない。一筋、また一筋と地肌を通って滑り落ちる水滴をコートの袖を伸ばして目に入らない様適当に拭う。バチャバチャと蹴り上げられた雨がズボンを湿らせ、張り付かせる。これはまず帰ったら服を洗濯機に入れて、ついでに風呂に入らなければ。急ぎの課題が無い時期でよかった。
近道の雑多とした路地裏を抜けて、ゲームセンターで屯する同級生達を横目に駆け抜け、やっと出た大きくもないが車がすれ違える程度の通りにも生憎雨を凌げる屋根は無い。むしろ喫茶店や商店の看板から滴る大粒の水滴で余程濡れた気がした。ふと、一台の黒い車が脇を通り過ぎ、停車する。こんなところで、その横のビジネスホテルの客だろうか。邪魔ではあるが、真横を走っても問題は無いだろう。
「、ッ!?」
不意に、その脚は蹈鞴を踏む様に止めらる。車の真横を通り過ぎんとした瞬間、後部座席のドアが開かれたからだった。よく確認してからドアを開けろだとか、危ないだろうがだとか、そういった憤りをぶつけようと口を開く。しかし言葉を発する暇もなく、車内から伸びた掌に右腕を捕えられ、驚く程強い力で車内に引き摺り込まれた。
立ったままの体勢で引かれたせいで側頭部や足を車体に何度もぶつけ、痛みに目を瞑りながらドアの開閉音と止んだ雨に乱暴に車に連れ込まれたのだと察する。次いで聞こえたエンジン音に、不味い、と捕らわれたままの右腕を捩り、左手に掴んでいたアルタートケースを腕を引いたであろう人物の方へ叩きつける。しかしどちらの抵抗も、その人物は軽く躱して喉を鳴らした。
「そう暴れるな。少なくとも、此れは大事な商売道具だろう」
変に捻ると痛めるぞ。そう哂う声は、随分と懐かしいものだった。その声の持ち主の男達を漸く認識して、この強引なやり口は恐らく、と抵抗の力を緩め声のした方を見上げる。すると力の抜けた右腕を解放した男は、車体に頭を打ち付けた際にズレた眼鏡をゆっくりと抜き取った。
「まさか傘もささずに居るとは思わなかったが、丁度良い」
「……やはり、貴様か」
どうやら後部座席に寝かされる体勢で引き摺り込まれたらしい。片手で掴まれ防がれたアルタートケースを奪い返しながら、腕を張って上体を起こし、溜息を溢す。微かにぼやけた視界でも尚、ハッキリと見て取れる銀髪と、雨天の車内だというのに掛けられた目元を隠すように色濃いサングラスに、黒いハイネックと黒いスーツ。明らかに堅気の人間では無いと言わんばかりのその風貌に、舌打ちをする気力すら湧かなかった。
「貴様に拉致られる様な事をした覚えは無いが?――ジークフリード」
半年、いや一年近くだろうか。兎に角久方振りに会ったその男は、相も変わらず静かに哂って脚を組んだ。その有り余る、見た目に反することの無い余裕に目を眇めて奪われた眼鏡を奪い取る。そう言えば酷く雨に降られて居たのだった。濡れたレンズの水滴を拭き取ろうにも、コートの裾は同じく水を吸って役に立たない。
仕方なく袖からコートの下のセーターを引っ張り出して、レンズを布地に挟んで拭う。座席のシートが濡れようが、引き摺り込んだのは向こうなのだから気にする必要は無いだろう。そもそも革製のシートなのだから拭けば済むかもしれないが。
「何、久し振りに稼がせてやろうかと思ってな」
水滴の失せた眼鏡を掛けるついでに、顔に張り付く髪も無造作に払い除ける。しかし甲斐無くまた密着する毛先に舌を打てば、不意に右隣から腕が伸ばされた。
「くだらん、よもや嵌った等とほざくなよ」
如何にも高そうなスーツが濡れようが知った事では無い。だが大人しく引き寄せる腕に身を預けるのも癪だった。肩に回された腕がグッと力を込めるのに反射的に抵抗する。その反応にまた喉を鳴らしたジークフリードは、可愛げが無いと言わんばかりにそのまま襟から首裏へと掌を滑り込ませてきた。雨で冷えた肌に触れる指先は、掌は、やや熱く体温を伝える。
「寂しかったのは、お前の方では?」
「巫山戯るな」
身体を寄せ、耳元に吹き込まれた囁きを即座に否定する。しかしすぐにその唇は、同じ様に熱を伝える唇に塞がれた。カチャ、と眼鏡とサングラスのフレームがかち合い、控え目に音を立てる。唇を重ねて直ぐに舌を捩じ込んで来るのも、その癖応えようと差し出した舌を無視して好きな様に翻弄していくのも、以前と全く変わらない。息継ぎをする隙も与えてくれない無慈悲さも。
「っん、ぅ」
耐え切れず溢れた甘さを含み鼻から抜けた吐息に気を良くしたのか口付けは更に深さを増す。奥の奥、隅から隅までを貪るその唇に、舌に、冷えた身体が熱を灯していくのが解った。脊椎をじわじわと這い上がるむず痒さに、ふるりと一度だけ身体を震わせる。無意識のうちに爪を立てた座席のシートが、小さく抗議するような音を立てた。
「前を見ろ」
不意に離された唇が放った言葉を理解出来ず、惚けている間にまた唇が塞がれる。雨を吸った重いコートが剥がれていく最中、焦った様な声が運転席から発せられ、漸くそれが運転手に向けたものだと理解した。ルームミラー越しに見ていた事に気付いて咎めたとでもいうのだろうか。立てられた腕に突っかかたコートからそこを抜き、ついでに軽く腰を浮かせれば手早く尻に敷かれていた布も払われる。
「餓鬼臭さが抜けて、良い具合に色気が出てきたじゃないか」
「良い眼科を教えてやろうか」
クク、と喉を鳴らすのは何処ぞの教師と瓜二つだった。呆気なく離された身体に深く息をつけば、熱を取り戻した頬にするりと指先が添えられた。サングラス越しにうっすらと見えるその瞳が、その色味の強いレンズ越しでなく無慈悲な程紅い眼差しを向けて来る事も知っている。
キスの為に此方に顔を向けたせいで、毛先を遊ばせた襟足を頬に触れていた指先で左側に流す。まだ見分けが付かなかった頃は、その襟足の長さで教師と堅気ではないこの男との区別を付けていたことを思い出した。
「……まず、風呂を貸せ」
この男を相手に、此方の意志が通ることなどほぼ皆無だった。そうして幾度となく開かれたこの身体は、口付けだけで簡単に火を灯す。それで金を得て今の大学に通えているのだから何の文句も言えやしないのだが。
雨に打たれた身体はまた寒さを思い出し、鳥肌だった肌を宥めるようにセーターの上から擦る。ふ、と溜息混じりに妥協と諦めを溢せば、隣の男はまた脚を組んでから勿論、と唇だけで哂った。
「そこまで酷い人間では無い」
どの口が言うか。そんな憎まれ口はそっと飲み込み、額に張り付く前髪を指先で払う。

長い週末になりそうだ。









20171107
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