友人と話しててなんか拗れた人食いな人外クロウ×悪魔や妖精に好かれる人間ユーシス。



古い木製の床は体重をかける度にギシリと軋んだ音を僅かに立てる。
ダークブラウンのそれは家主が良く薬品やらを溢しているせいで、所々白く色の抜けたシミを残していた。
同じように歳月を経たことによりクリーム色に黄ばんだ漆喰の壁を視線で撫でながら、目的の部屋の扉の前に両足を揃えて立つ。
「――クロウ、」
こんこん、と二度のノックと共に控えめな声でその分厚い木を隔てた先に居るだろう男の名を呼ぶ。
しかし返事はなく、左肩に乗る淡い桃色の羽を持った妖精がわざわざ視界に入るところで大袈裟に肩をすくめた。
「クロウ、……寝ているのか?」
もう一度、ノックをしてから先よりも僅かに大きな声で呼び掛ける。
ここ数日部屋に籠りがちなその男は、どうやらろくに食事も取っていないらしかった。
せめて片手間にでも、と食べられるようにこさえたサンドイッチに視線を落とし、そっと溜め息をつく。
『放っておけばいいわ』
貴方を悲しませるあんなヤツ。
そういって頬にすり寄る妖精に、僅かに唇を噛み締めた。
ノックをする形のまま上げていた右手を下ろし、静かに屈んでトレーを扉の開閉に邪魔にならない位置にそっと置く。
後で埃避けに布か何かを被せなければ、と口には出さずに呟いた。
「……夕食、置いておくから少しは、食べ――ッ!」
立ち上がりながら発せられた言葉は、突如腕にかかった引力に最後まで紡がれること無く飲み込まれる。
風を切る音、扉が乱雑に閉ざされる直前に妖精が名を叫ぶ声、柔らかなベッドに放られ体が沈む音。
一瞬で過ぎていったそれに見開かれた目は、その暗さに馴染むまで暫く闇を映すだけだった。
「は、っは……」
闇に紛れて、荒く吐き出される呼吸が聞こえる。
「……クロウ、」
その音を辿るように伸ばされた腕が、その白く痩せた指先が柔らかな銀髪を汗で張り付かせる頬に触れた。
ぱた、とどこからか滴る滴が目尻に近い肌に落ちる。
「――大丈夫か?」
そう声をかける頃には、視覚はその暗さに慣れていた。
しかしそれでも、重力に倣う銀髪によってその表情は伺えない。
もしかしたら、いつもよりその歯は鋭いかもしれない。
「……わり、ぃ」
震えるような吐息に合わせて覗いた舌は唾液で濡れ、赤みが増しているように思える。
挙動ひとつ、呼吸ひとつに合わせて降る熱い吐息に、肌がじんわりと僅かに焼けるような感覚を覚えた。
「形、保てねえ……こわい、よな」
その声が泣き出しそうに震えていたから、思わず顔の横につかれている手を指でなぞった。
ああ、確かに爪が伸びている。
覆い被さる影の面積も、どんどん広がりをみせては崩れを繰り返しているかもしれない。
「……大丈夫、暗くて良く見えん」
言い聞かせるようにゆっくりと囁けば、手の甲をなぞっていた指をそっと絡めとられる。
指一本一本を拘束するように強く絡まるようで、しかしその鋭い爪が皮膚に沈むことは無かった。
掌から、早まる鼓動を感じ取られてしまうだろうか。
或いは人間を越えた聴覚から……。
「……っ、なんもしねぇ、から……傍に……」
その考えもすぐに否定できるほど、目の前の影の呼吸は乱れ、絡まる掌は震えていた。
またひとつふたつと滴が落ちてくる。
唇の上に落ちたそれをひっそりと舐めとれば、微かな塩辛さを舌に伝えた。
そのままそっと、唇をひらく。
「――抑えなくていい」
ゆっくりと滑らす親指は、その目尻をなぞれているだろうか。
「お前の好きにして、いい……その為の俺だ」
握り返したその掌は、温もりを僅かでも伝えているだろうか。
ほんの僅かでも届いていればいいと、目を伏せながらごく小さく、囁く。
「食いたければ食ってくれて――っン!」
しかしまた、言葉は最後まで放られることは無く。
聞きたくないというように、呼吸さえも奪う程隙間も残さず唇を塞がれ、思わず眉根を寄せた。
「ん、ぐ、……ふッ、ぅ……!」
角度を変え、唇を食むだけだった口付けはやがて舌を絡めるものになり、その熱さと激しさに恥もなく喘ぐ。
ぬぐぬぐと割り入って来た舌はすでに人間のそれではなく、舌の根どころか喉奥まで侵入するように口内を侵す。
当然のように喉に入ったそれを追い出すように、おえ、と嘔吐けば舌は一度浅くまで引き、吸い上げてからまた深くまで入ってきた。
それを数度繰り返してから漸く、震える唇にあやすように唾液を乗せてから舌が離れていく。
「っは、」
げほげほ、と咳き込む苦しさに霞んだ視界が、揺れる影を映す。
「……く、ろ……」
だというのに胸の辺りはじんじんと疼きを訴え、絞り出された声はどうしようもなく色を乗せていた。
頬に触れていた手はいつの間にかその襟足に回っていたらしく、汗ばんだ首もとを掻き抱くように震えている。
「嫌だ」
降ってくる声は先程よりもしっかりとした響きで鼓膜を痺れさせる。
銀髪の隙間から漸く垣間見た双眸は、思っていたよりも強い光を宿している様に見えた。
「ユーシスを食い殺すなんて、絶対に……」
それは誓いを立てる騎士のようであり、そしてまた自分に強く言い聞かせることで約束を守らんとする子供のようにも見えた。
じくりと、肺の辺りが、波が寄せるように疼く。
「――なら、せめて……いつものように」
投げ出していた足を、まだ人間の形をなんとか保っているであろう腰に絡み付けるように回す。
いつからこんな低俗な欲を持て余すようになってしまったのだったかもう思い出せないが、それよりも今は只欲しくて堪らなかった。
誘い込むように中心に腰を擦り付ければ、幾度となくこうして食欲を性欲で紛らせて来た男は熱く湿った吐息を溢す。
「抱いてくれ」
このまま勢いで食い殺されても良いとすら思っていることも、そしてそれを望んでいるのは俺の方であるということも、きっと目の前の男は気付かないままなのだろう。
名を呼ぼうと戦慄いた唇は、しかしまた噛み付くような口付けに押し潰されてしまった。



20150923






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