■漫画にはなれない

「私、たまに、先生の漫画に出てくるキャラクターになりたい、って思うの」
「どうしたんだ急に?」
 私が零した一言に、私の恋人、岸辺露伴は顔を顰めた。私は肩を竦めて、彼に言う。
「だって、そうしたら私は一番に愛されるかもしれないじゃない」
「というと?」
「今この場にいる私よりも、先生の描く私の方が、きっとあなたに愛される、っていうことよ。先生、漫画大好きだから」
 岸辺露伴は一瞬不意をつかれたような顔をした後に、仰々しくため息をついた。かなり呆れられたようだったけれど、私はそれでも構わなかった。
 今言ったことは虚構などではなく、ずっと感じていた本心だったから。

「あのねェ〜〜」
 岸辺露伴は私の方に向き合って言う。眉を顰め、ため息をついて。
「ぼくは確かに漫画が一番だ、それは認めるよ。けどさァ〜〜、別に、ぼくの描いた漫画のキャラクターの誰かに、特別な思い入れを持つことなんてそうそうないんだぜ」
 それでも納得しない私に、彼は少し間を置いて、言葉を続ける。
「例えるなら、恋人というよりも友人だ。昔描いたキャラクターを何かの縁で再び描くときは、古い友人に再会したような感覚になるし、新しいキャラクターも、新しい友人ができたような感覚になる」
 なるほど、岸辺露伴の言い分もわからないわけではない。……それでも。
「でも。先生はいつも原稿に向き合って、原稿に向き合っていない時でも漫画のことばかりで。漫画が恋人みたいなものじゃない」
 我ながら面倒くさいことを言ったな、と呆れる。だけどそれより、やっと言えた、という気持ちの方が強かった。事実それは、ずっと思っていたけど言えなかったことだから。

「まあ、否定はしない」
 岸辺露伴は肩を竦めた。だけど少しだけ表情を変え、私に問いかけた。
「だがそれよりも、君にはわからないのか?」
「……何が?」
 訝しげに思い、私は顔を顰める。そんな私を他所に、岸辺露伴は言った。
 ほんの少しだけ、口角を上げて。
「今、ぼくが君に抱いている感情を、ぼくの漫画のキャラクターに感じることはない、ってことをさ」
 虚をつかれた。瞬間、私の身体に感情が駆け巡る。
 それは喜びか、興奮か。
「それでも、ぼくの漫画に出てくるキャラクターになりたいって言うのかい? それならそれでも、別に構わないがね」
 岸辺露伴が言うので、私は慌てて首を振った。
「そんなこと、ないです」
「そうか」
 話はこれで終わりか? とぶっきらぼうに彼は言った。だけど、これが彼なりの照れ隠しだ、ということくらい、わかっているつもりだ。
 だから、私は。
「……露伴先生」
「何だ」
 今までで一番素直な気持ちを、彼にぶつけた。
「好き、です」
「ああ。……わかっているさ」
 岸辺露伴は全く素直になってくれないけれど。でも、それでも良いのだ。
 いつか、好きと言ってくれれば、それで。


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