■隠者の見た者
「……また、この男か」
そして、ジョセフ・ジョースターはため息をついた。彼が自らのスタンド能力『ハーミット・パープル』を得て以来、ジョセフの念写には、いつもこの男だけが写った。
「DIO……ジョナサンおじいさんの身体を奪った、我がジョースターの血統の宿敵となる男……」
彼については、まだ詳細な情報は得られていない。ジョセフが若い頃、祖父ジョナサンの親友だったスピードワゴンという男と、祖母エリナからほんの少しだけ聞いた話くらいしか知らなかったし、その二人は既に他界してしまっている。
死んだと思われていたDIOが生きていた。しかも、祖父ジョナサンの身体を奪い取って。
ならば戦うしかないのだろうとジョセフは思う。それが、ジョースターの血を引く自分の運命なのだと。
「しかし……なんなんじゃ? この女は。DIOに愛人がいてもおかしくはないが、しかし、食糧としての女にも見えない……」
そして、ジョセフは写真を見つめた。
見知らぬ女だ。だがこの女は、今までの念写にも数回写りこんでいた。ただの食糧であるなら、何度も写り込むとは考え難い。
スタンド使いとしての部下か、館のことをやらせる使用人か。DIOにそんなものが必要であるかは定かではないが、愛人か。それとも何か、違う役割を持つ道具としての女か。
DIOが特定の人間を信頼し、情を持つとは考えられない。有能な部下に目をかけることはあるだろうが、それもあくまで部下が使えるからであって、必要であれば容赦なく切り捨てるだろう。DIOとはそういう男だ。
少なくとも、若い頃にエリナやスピードワゴンから聞いた限りではそうだ。ジョナサンの肉体を奪ったという、紛れもない事実も血の繋がりの不思議な感覚で理解している。この男は、許してはいけない存在だと。
「じゃが……。スピードワゴンのじいさんは、確かこうも言っていた……『ディオは、理由は分からないが、ただ一人の女だけは傷付けることはなかった』」
詳しいことは何も分からない。エリナはその女については知らなかったらしいし、スピードワゴンはその女についてあまり語りたがらなかった。その女の名前は、何だったろう。一度だけ聞いたことはあるが、何十年も前の話だ、頭に霞がかかったように思い出せない。
だから、ジョセフがDIOとその女の関係について知っていることはただひとつだけ。――その女は、海底に沈んだDIOの帰りを待ち続けながら、独りで死んでいったと。
だから、もしかしたら。念写のDIOの隣にいる女は、百年前、DIOを待ち続けた女なのだろうか。
DIOは、その女を蘇らせたのだろうか。だから彼女は、念写に度々写り込む「特別な」女だろうかと仮定し、馬鹿な、と即座に自らの考えを否定した。
「ヤツに……そんな人間的な情があるとでも言うのか?」
そしてジョセフは顔を顰める。仮定の話とはいえ、馬鹿馬鹿しい。
自らの曽祖父にあたるジョージ・ジョースターは、養子だったDIOに殺された。ジョセフの父親であるジョージ・ジョースター二世もDIOの間接的な影響によって死に、ジョセフには写真以外で自分の父親の顔を見た記憶がない。
そしてDIOは、ジョナサンのことも殺し、肉体を奪って生きている。人間たちを食糧として殺し続けている。そんな悪魔のような男に、人間らしい情が一欠片でもあるとは思えない。そんなものが、あるはずがない。
ならば、この女は一体誰なのか。何者なのか。そして、その正体を知る日が、いつか来るのだろうか。
ジョセフの念写にその答えが写り込むことは、終ぞなかった。動かぬ写真は、物言わず、ただ存在するだけであった。