■奪われるもの

「……この服を、売りに来た」

 私のお父さんが経営する服屋に、私と同い年くらいの少年が服を売りに来た。この街では珍しい、少しだけ高そうなドレスだ。
 上質なドレスなのだから、もう少し高く買い取ってもいいだろう。そう思っていたのに、お父さんは安く買い取った。金を受け取った少年は、怒りの表情を滲ませながら、荒々しくそこを立ち去った。
 一連の流れを見ていた私は、ただ。
 美しい男の子だと。そう思った。


 別の日。お父さんの知り合いの酒場で手伝いをしていると、あの男の子が大人相手にチェスをしているところに遭遇した。
 驚いた――食器を磨きながらも、彼のことを考えていた時だったから。最も私は、あれ以来ずっとあの少年のことを考えていたのだが。
 賭けに勝ち、大人から賭け金を奪い取る。その所作が、この街に似つかわしくない美しさだと思った。

「ねぇ。……お金に、困ってるの?」
 お店の主人の目を盗み、少年に話しかける。
 そう声をかけて、我ながらバカなことを言ってしまったな、と思った。この街でお金に困っていない人のほうが少ないというのに。
 少年は鼻で笑った。
「……ああ、あの時の服屋の娘か」
 どうでも良さそうに少年は目配せする。私のことは辛うじて覚えていたようだが、私に対する興味は、あまりなさそうだった。

「あのね……あの服、まだ売れてないの。お父さんが、高く売りに出したから。もし、あなたが必要だと思うのなら――家から盗んで来てもいい」
 それは、あの少年のことを考える度に思っていたことだった。
 少年は怒っていた。怒りながらあの服を売り出した。あの時の彼の表情が忘れられなくて、彼にドレスを返してあげたいと、そう思っていた。
 だが少年はきっぱり告げた。
「必要ない」
 私は目を瞬かせた。
「必要だと思えば、ぼくが自分で盗んでくるさ。君の手助けなんぞ必要ないね。――それに、あんな服。最初から、これっぽっちも必要なんかじゃあなかったさ」
 彼の声に引き込まれる。
 吸い寄せれるように、目を奪われる。
「ぼくは与えられる人間じゃあない……かといって、搾取される人間でもない。奪う側だ。ぼくは、君からだって――奪えるものなら奪おうとしているんだぜ」
 脅すような言い方なのに、何故か胸が震えた。
 それは、まるで。
 まるで、心を全て奪われるような――


 私はあれ以来、あの金の髪を持つ少年を見かけることはなかった。名前も知らない。この街のどこに住んでいるのかも知らない。二度と会うことはないだろうという、漠然とした予感だけがある。
 それでも。きっと、私の心は一生、彼に奪われたままであると。そう思った。


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