■ある紳士の独白

「ジョースターさんッ! 退院おめでとうですぜ――ッ!!」
「うん。ありがとう、スピードワゴン」
 それは、館の惨劇の後に退院して、病院から出ていく日のことだ。
 腕のギプスはまだ取れないが、悪いことばかりではない。ぼくとスピードワゴンは生き抜いて、エリナと再会できた。それでも、ぼくの心には影が落ちていた。


 ぼくとディオの間に、友情なんてなかった。父さんはディオに殺され、ぼくを庇って父さんは死んだ。家族同然に暮らしていた使用人たちも、ディオの逮捕に協力してくれた警察官も、大勢が死んだ。
「……あの館の惨状を生き延びたのは、ぼくと君だけなんだよね」
 ぽつりと呟く。何もかもが火事で焼けてしまった。スピードワゴンは助かって、それとぼくの命だけは、燃やし尽くされなかったけれど。
「それが……まだ、ジョースターさんには言っていなかったんだがよォ……」
 するとスピードワゴンは、言いにくそうに切り出した。その言葉は、ぼくにとって意外なものとなった。

「……えっ? 彼女が?」
 その名は、ジョースター邸で働いていた、同い年の使用人の女性の名前。
 確かに、ぼくがディオとのあの戦いをしている最中、彼女が無事だったことは覚えている。だが、入院中も彼女に一度も会えていなかったから、結局彼女もあの戦いで焼けてしまったのではないかと、そう思っていたのだが。
 あの戦いから、ひとりでも生き延びた人がいたことは、救いのような気持ちでもあった。だが、気がかりなことも確かに存在していた。

 意外だと思ったことは、ふたつ。
 ディオが、使用人のひとりであるだけの彼女を一切傷つけず、彼女は生き延びていたこと。
 もうひとつは、彼女が行方不明になっていたことだ。

「確かにおれは、あの嬢ちゃんと話をした……生き延びたことは確実なんだ。だが、ジョースターさんが目覚めたっていうのに、彼女と連絡すら着かねえ。今どこで何をしているのか、誰にも分からねえんだ」
「……そうか。何もないといいけど……心配だな」
 ぼくは彼女のことを思い出す。館で生活していた頃、ディオはよく彼女のことを気にかけていたなと、今更のように思い出した。
 ディオは死んだ。そのはずだ。だから彼女の行方不明とディオは、何も関係がない。……そのはずだ。
「きっと、心配要りませんぜ、ジョースターさん。あの嬢ちゃんはきっと、あんたの元に帰ってきてくれるさ」
 黙り込んでしまったぼくを励ますように、スピードワゴンは声をかける。だが、彼自身も不安を抱いているようだった。
 今のぼくらには、できることは少ない。故郷である館は焼け落ちて、ディオは死んだ。
 なら、ぼくらがやるべきことは少しだけ。あの館に残っている可能性の高い石仮面を破壊すること。エリナの元へ行くこと。そして、行方不明になった彼女を探すことにしよう。彼女がどうしたいのかは、彼女と話してみないことには分からない。再びぼくの使用人として生きていくか、それとも、別の道を進むか。
 それは彼女の意思次第だ。どちらにしても、ぼくは応援しよう。そう決めた。

「さあさ、そろそろ出発しましょうぜ。エリナさんも待っている」
「うん。そうしよう」
 そして、病院から足を踏み出す。まずはエリナに会って、たくさんの話をしよう。七年の空白を埋めるように。エリナには、話せないことも多いけれど、それでも。生きることを許されたぼくには、多くの時間がある。そのはずなのだから。


 この時のぼくは知らなかった。
 石仮面を巡る運命がまだ、ぼくらを離してなんていなかったことに。
 ぼくがまた、ディオと戦う運命にあるということに。
 彼女は再び、生きていたディオと共に居たということに――
 ぼくはまだ、気付くことすらなかった。


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