■勇者との永遠の別れ

 ずっと一緒だと、そう思っていたのは私だけだったらしい。
 勇者の息子として育てられた彼。近所に住んでいるという、ただそれだけの縁で、幼馴染としてずっと仲良くしていた彼。彼はいつか旅立ってしまうのだと、そんなことは分かっていたはずなのに。


 私には戦いの才能はなかった。呪文の才能も。それどころか、旅をする才能すらなかった。それでも彼の旅が終わったとき、彼はこの町に戻ってくる日が来るのだと、そう信じていたのに。
 彼は帰って来なかった。
 世界が平和になったあとで、彼の姿だけが、どこにもなかった。

 伝説の勇者と呼ばれる彼の噂が、やけに遠い。旅の初めの頃はよく自宅に戻って来ていたのに、バラモスを倒して、一度アリアハンに戻ってきて、それからまだ敵がいると分かってから、彼はもう一度旅立って――それからは、なかなか帰ってこなかった。それでも、最後の敵を倒したら再び帰ってきてくれると、そう信じていたのに。
 彼は何日待っても帰って来なかった。
 平和になった実感と、伝説の勇者ロトの噂話だけがこの街に訪れ、肝心の勇者の姿は、故郷のどこにもなかった。
「伝説の勇者……ロト」
 なんだか変な感じだ。私がずっと呼び続けた彼の名前よりも、ロトという称号の方がずっと広まっている。まるでロトの勇者という存在が先にあって、彼自身のことは誰も見ていないような、そんな気がしてくる。彼がどんな口調をしていたとか、どんな性格だとか、そんな記録はどこにも残らないような、そんな気がしてくる。

 それでも彼の母親は、息子の帰りを待ち続けている。
 彼はどこに消えてしまったのだろう。伝説の勇者という称号だけ残し、それ以外は何も残らない。
 私も旅に着いて行けばよかった。ずっと一緒にいたはずの彼が、いつの間にか遠い存在になってしまっていた。自分の分身のようにと、そう思っていた頃もあったのに。
 だけどそれは、最初から勘違いだったのだろう。長い間一緒に行動していたから、勝手にそう思っていただけだった。私と彼は、最初から違う存在だった。
 勇者は伝説として、いつまでもこの世界に残るだろう。だけど私の姿は、きっとどこにも残らない。勇者に幼馴染がいたなんて、きっと後世の誰も知らない。


 一体彼は何を残したのだろう。勇者は世界を救って、そして彼自身は、何を残したのだろう。
 私は、何も残せなかった。それでも、彼にもう一度会いたいと、ただそう思った。


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