■終わりと始まり
※少し鬱。独自解釈
最近、私の恋人の姿が見えない。
純血であることを、あの兄とは違い、誇りに想っていた彼の姿が。
由緒正しい、ブラック家の誇りである彼の姿が。
それでいて、屋敷しもべ妖精のクリーチャーにも優しい、彼の姿が。
彼自身の家族を、そして私のことを心から愛してくれる彼の姿が、全く、見えないのだ。なんの音沙汰もなく、あの日から消えてしまった。
心当たりがないわけではない。最後に会ったとき、彼は狂気を纏っていた。気が違ってしまっていた。
それは何故か? ―――口に出してはいけないかもしれないけれど、私はこう考えている。―――闇の帝王の存在が、彼になんらかの影響を与えた、と。
それでも、そのときの私は考えてもいなかった。
レギュラスが既に死んでいる、だなんて。
予想すらしていなかったのだ。
「ナマエ、ちょっといいかい?」
愛しいあの人に声をかけられ、顔が緩むのがわかる。なあに? と少しかわいこぶって近づくと、怪訝そうな顔をされた。
「そういうのやめろよな……、全くもう。まあ、いいけどさ」
レギュラスが顔を背けてこう言うので、思わず笑ってしまった。
「全く、なんで笑うんだよ……」
そう言って笑う彼の顔が、私は大好きだった。あの兄と比べると顔の造りはやや劣るかもしれないけれど、それでもレギュラスの顔のほうが私は好きである。灰色の瞳。真っ黒な髪。
「なんでも。ただ、こうしてる時間がすごく幸せだな、って」
なんだよそれ、とレギュラスは呆れたように笑った。
「それより、レギュラスこそ何か用があったんじゃないの?」
「……いや、別に何も。呼んでみただけだよ」
「なんだ、あなたも同じじゃない」
そうして、私たちはいつもこんな風に笑いあった。そう、こんな日がずっと続くと思っていたのだ。私は死喰い人にはならなかったけれど、闇の帝王に仕える彼を、誇りに思っていた。なのに。
「……レギュラス、本当にどこ行っちゃったのかな……」
クリーチャーに聞いたところでは、まともな返事が返ってこなかった。ただ、自分を罰しているだけだったので、私はとりあえずそれを止めさせた。別に屋敷しもべ妖精が自らを罰するのを眺める趣味もないし、クリーチャーはレギュラスが優しく扱っていたからだ。
「…………」
フゥー、と長く息を吐く。そして、決意した。
「私も、死喰い人になりましょう」
場合によっては、死ぬことも覚悟。レギュラスの失踪について闇の帝王が何らかの関与をしているとわかった場合には、裏切る覚悟も必要―――
「……そんな、……まさか」
私は、長い年月をかけて、真実にたどり着いた。と言っても、クリーチャーに巧みに言葉を使って、レギュラスの命令の穴を見抜き、聞き出しただけなんだけれど。
「ああ、レギュラス……そんな……」
レギュラスが、既に死んでしまっていること。レギュラスが、闇の帝王を裏切って、あるものをすり替え、そして……。
私の心情を表す言葉は、『絶望』、それしかなかった。
そして、私はまるで、彼に取り憑かれたかのように洞窟へ向かう。ナイフで腕を切り、血を流す。
洞窟が開けた。よく見ると水の底に、何かがいるように思える。
「……久しぶりね、レギュラス。やっと、一緒になれる、わね……」
私はそう言って、水に飛び込んだ。目を開けてみると、私を引きずり込もうとする者たちの姿が見える。その中に。
―――レギュラス?
目の錯覚かもしれないけれど、レギュラスがいたように見えた。
嗚呼、これでやっと、二人で一緒に永遠を過ごせるね。
―――大好きよ、レギュラス。
肺から空気を絞りだし、目から涙をこぼし水に紛れさせたところで、私の意識は途絶えた。
けれどそれは、私と彼の、新たな始まりであると―――私は、信じている。