7.初めての魔物と城

「下がってろ」

 ソロは私の方に一瞥もくれず、襲いかかってくる魔物の方へ鋭い目を向け、持っていた銅の剣を振り上げた。魔物を斬る、というよりは叩き上げ、なんとも表現し難い音が辺りに響き渡る。
「ピギィッ!」
 情けない断末魔をあげたかと思えば、青い魔物が一匹、あっという間に蒸発した。私は思わず息を呑む。―――ソロが、こんなに強くなっていたなんて。

「ピキ―――ッ!」

 もう一匹の青い魔物が、怒ったようにソロに襲いかかった。今度はソロの剣も間に合わず、魔物に体当たりされる。両手で軽々と持てそうなぷるぷるした体にしては、威力は思ったより強いらしい。ソロは一瞬痛そうに顔を歪めた。
「……この野郎」
 しかし、ソロの瞳から光は失われない。むしろ、その目は憎悪に燃えている。
「おりゃあッ!」
 そしてソロはまた、力の限り剣を振り下ろした。
 もう一匹の魔物は、断末魔をあげる暇もなかった。そいつは身体中がばらばらになり、そこら中に飛び散った。

 辺りにはソロと私しかいなくなり、暫く静寂が場を支配する。

 私は―――何も出来なかった。ただ呆然と、ソロが戦っているのを見ていただけ。ただ自分の身がかわいくって、戦おうとせず、盾で身を守っていただけ。

「……行くぞ、ナマエ」

 ソロは剣を鞘に収めると、振り返らずに歩き始めてしまった。私は待って、と言って慌てて着いていく。ふと足元を見ると、魔物が薬草を落としていっていたのがわかった。少し迷ったが、ソロがどんどん歩いていってしまうので、持っていくことにした。

「ごめんね、ソロ。なんにもできなくて。私も、強くなるから。私も戦えるようになるから」
「……別に、ナマエは戦わなくてもいい」

 ソロはそう言った後、口を固く結んでしまったことがわかった。ソロがこのトーンで言葉を発したら、暫く口を開かなくなることは、ずっと彼と一緒にいたから知っている。だから私は何も言わなかった。ただ、自分の中だけで誓う―――アストロン以外にも呪文を覚えよう、剣の練習もしよう、力をつけようと。修行をしていたソロに負けずに、私も強くなろう、と。
 ふと私はソロの後ろ姿を見て、彼の緑色の髪の毛が暗くなっていることに気がついた。空を見上げると、さっきまであんなに青かったのに、今は灰色に覆われていた。

 無言で歩いていると、故郷のことを思い出してしまう。見慣れない景色がこの上なく眩しいのに、純粋に楽しむことができない。―――村の人たちが死ななかったら。ソロと、シンシアと、私とで、三人で旅に出ることができたなら。この旅は、心の底から楽しめるものだったのだろうか。たとえ悪の元凶を倒す、という目的があったとしても―――三人で旅に出ることができたなら、この上なく楽しかっただろう。未知の世界への探究心に動かされ、長旅を楽しんだのだろう。
 だけど―――私は、復讐心で動く。きっとソロもそうなのだろう。そこまで考えたところで、ソロがどんどん先に進んでしまうのは、私に怒っているのではないかもしれない、と思い始めた。―――私と同じで、ソロは故郷のことを思い出しているのかもしれない。ソロはもしかして、泣いているのかもしれない―――

「……着いたぞ」

 下を向きながら少しぼうっとして歩いていたので、ソロが突然そう言ったのを聞き、思わずビクッ、と大袈裟に反応してしまった。
「……ここが、ブランカね」
 見慣れない大きな建物に、正直言って唖然としてしまう。こんなに大きな建物、物語の中にしかないと思っていた。村のどんな建物も、こんなに大きいものはなかった。
「……街に、入るか」
 ソロも少し呆然としていたようだが、すぐに気を取り直してソロは進んだ。私もすぐに、ソロの後に続くことにした。


 街に入るとすぐに、旅人と思わしき四人組が、街の外に出ていくのとすれ違った。先頭の男が聞く。
「やあ、僕達は魔物達を倒すために旅をしているんだ。君も僕達の仲間に加わらないか?」
 え? と呆気にとられて聞き返した。そんな、ある種のナンパみたいに同行者を勧誘するものだろうか。
「いいえ。こいつは俺の連れなので、断ります」
 ソロが、特に表情を変えずに、だがそれでいてきっぱりと断った。相手の男は特に気分を害した風でもなく、けろりと告げる。
「そうか……。じゃあまた会おう!」
 そして先頭の男は、どんどん歩き進めた。そして後ろにいる人たちは私たちに対して言う。

「世界を救うはずの勇者が、魔物達に殺されたそうだ。しかし心配するな。―――世界は我々が救ってみせる」
「そうよ、私たちに怖いものなんてないわ」

 ソロが、辛そうな顔をしたのが、おそらく私だけにわかった。私も、ズキンと心が痛んだのを感じる―――村の皆は、死んだ。シンシアは、勇者として殺された―――私も心が張り裂けるほど辛いのに、『勇者ソロ』は自分の為に死んだシンシアのことを聞いて、どう思うのだろうか。自分の為に村人たちが戦ったことを思うと、どう思うのだろうか―――一生、私にわかることはない。

 そして、四人組は外の世界へ飛び出していった。この人たちに着いていくとえろう儲かりまっせ、と一番後ろにいた男が下卑た声で独り言を言っていることに、何故だかやけに腹が立った。

「…………。すぐ近くに宿屋がある。とりあえず宿をとって休むか」
「……そうだね」

 ソロは、旅人たちを何の気なしに見送った後、まだ明るい時間だというのに私に対してそう言った。けれど、私ももう休みたかったので、即座に同意する。
 今日はいろいろなことがあった。今まで生きてきて、全く受けたことのなかったような衝撃を受け続けた。疲れてしまった心の整理をしたかった。私たちはもう、すぐに眠ってしまいたかった。

「いらっしゃいませ。旅人の宿にようこそ。一晩6Gですがお泊まりになりますか?」

 私たちは、何も考えずに承諾した。寝室に案内され、別々の部屋に通される。
 ソロが部屋に入っていくのを見送った後、私も宛てがわれた部屋に入った。そして、ベッドにダイブする。柔らかい布団が、どうしようもなく心地よかった。

 でも、当然と言うべきか―――私は、眠ることができなかった。それは勿論、枕が合わないということではなかった。

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