2.影と闇

「シンシア……ッ!」
 やっとウサギに追い付いた。シンシアは少し止まってキョトンとした素振りを見せると、変身を解く。
「どうしたの? ナマエ。あなたもそろそろ夕食の時間なんじゃない?」
「シンシア」
 私はその問いには答えず、逆に聞いた。
「ねえ、まさか……そういうことなの」
 何一つ伝わらないような言い方をしてしまったけれど、私には口に出して言うことなんて、できなかった。シンシアの表情にふ、と影ができる。
「私は、私の使命を果たすだけだわ。そうでしょう? それに、あなただって」
 切なげに呟くシンシアに、ズキリと胸が痛んだ。―――私の使命なんて……、シンシアに比べたら、村のみんなに比べたら、ソロに比べたら……全く大したことがない。それなのに……。
「大丈夫よ、ナマエ。あくまで私は、切り札であり最後の手段だわ。大丈夫、私が、村のみんながソロを守り通す。勿論、あなたもよ。だから、大丈夫。ソロはもっともっと強くなって、誰にも負けないくらい強くなって、それから旅に出るの。この村に、魔物を攻めこませたりなんて、絶対しないわ」
 シンシアの目には、覚悟が見えた。村のみんなにも同じ覚悟が宿っている。……私にも、覚悟はできているのだろうか。
「大丈夫よ、もし魔物が攻めこんできても私が、あなたが、ソロを守る。そもそも、魔物なんか攻めこませない。ナマエ、あなたはあなたがやれることをやるの、いいわね」
 シンシアの瞳を見つめて、私はただ、頷くことしかできなかった。
「さあナマエ! 湿っぽい話は終わりよ。あなた、まだ帰らないつもり? それなら、かくれんぼでもしない?」
 シンシアの美しい顔が作る輝かしい笑顔に、私は応えないわけにはいかなかった。

 少し、私の話をしよう。
 私は、九歳のころ、山奥に捨てられた。本当の父と母のことはなにも思い出せない。ただ、わんわん泣いていたことだけは覚えている。
 そんなとき、山奥の村の人たちが、私を見つけて、私を連れて帰った。
 村の掟で、本来は外部から人を受け入れてはいけない。だから、村の人たちの意見も真っ二つに割れた。
 そんなとき、外で遊んでいた幼馴染み二人が、私を見つけて、言ったのだ。
「ねえ、お友だちになろうよ!」
 私とソロとシンシアが遊んでいるのを見て、大人たちは言うのであった。
 彼女はまだ子供だ―――。もし害ある存在だとわかれば、気の毒だが私たちが排除しなければならない。だけれど、彼女はそういった雰囲気を全く見せない。むしろ、ソロのことを知られてしまった以上、ブランカにやるのも危険だろう。うちで育てよう。そして、この子も、……気の毒だが、戦士として育てよう。いつか、勇者の役にたつかもしれない、と。
 そして、私は宿屋の主人に引き取られた。商売柄、人を泊めたがっていた彼はとても嬉しそうだったが、やがて私を『お客様』ではなく『娘』として扱い、育ててくれた。彼にはとても感謝している。
 そして、ソロのことも聞いた。彼は勇者であるが、そのことをソロに教えてはいけないよ―――。そして、君はもともと無関係の人間だ。だから、魔物が攻めこんできたときは、こうするんだ。辛いかもしれないけど、それは守るんだよ。
 それが、私の使命。だけど―――それは、私にとって残酷なことであることを、幼かった私には理解できなかったのだった。

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