11.導かれし姉妹との出会い

「ソロ、占いだって。……どうする?」
 突然声をかけられたことに少し戸惑いつつも、とりあえずはソロに相談してみる。私たちに声をかけた、褐色の肌を持つ占い師はただ、神秘的に微笑んで私たちのことを見つめるだけだ。全く知らない人間であるはずの彼女だったが、何故だかその視線にはまるで懐かしさのようなものが感じられ、見つめられていても不思議と居心地の悪さは感じなかった。
「……そうだな。俺たちがこれから何をすればいいのか、少しでもわかるかもしれないな。やってみるか?」
 ソロは少し考え、そして呟く。その間、女性は微笑みを絶やさずに静かに佇んでいた。
「じゃあ、ソロだけやってもらったら? 私たち、そんなにお金持ってないし。それに多分、私よりもソロが占ってもらう方がいいと思う」
「……いいのか? ナマエ、占いとか好きそうなものだけど」
「いいの、それに占いはそこまで好きってわけでもないよ」
 私が言うと、ソロは困っているように見えた。だからといって、「だってソロは勇者だから」と付け加えはしなかったけれど。でも彼は、私が考えていたことを感じ取ったのだろうか? それはわからなかったけれど、勇者はやがて、決心したようにこう言った。
「……じゃあ、お願いします」
 ソロは少し戸惑いのようなものを含めつつも、真剣な表情をしている。そんな男を見て、女はもう一度微笑んだ。

「では、占ってさしあげましょう」
 占い師は水晶玉を見つめた。その瞬間、厳かな空気が辺りに漂い、思わずゴクリと唾を飲んでしまう。彼女はこの澄んだ水晶玉を通し、何を視るのだろうか?
「あなたは今、温かい闇に包まれています。あなた自身の光の輝きは、闇によって奪われ、そして同時にとても大切に守られています」
 占い師は滔々と語り始めた。まるで心の中に直接訴えかけるような、濁りのない声色。どこか夢を見せられているような、現実離れした感覚―――
「そしてあなたのまわりには、七つの光が見えます。まだ小さな光ですが、やがて導かれ大きな光となり……。えっ!?」
 そこで女性は目を見開いた。信じられないものでも見たかのような表情のまま、固まってしまっている。今まで見ていた柔らかい夢のようなものから、急速に現実へと戻ってきてしまったような感覚に陥った。
「も、もしや……あなたは、勇者さま!」
 彼女はそう囁くと、ソロに近づき、その手を取った。占い師の表情は感激したように輝き、縋るように差し出された手は、しっかりと勇者のそれを握りしめていた。

「勇者……。俺が、勇者」
 ソロは戸惑ったような表情をして、その目を占い師の顔と、握られた手に向けている。そんな二人を見ていると、何故か私の心に薄暗い感情が蔓延り始めた。胸がちくちくと痛み始めたけど、気のせいということにしておいた。
「あなたを探していました。邪悪なる者を倒せる力を、秘めたあなたを」
 占い師の女性はそこで勇者の手を離した。途端に胸のつかえが取れたようにはなったけれど、それでも胸騒ぎは収まらない。
 それに占い師が言っている言葉は、少し気になる。ソロが勇者で、大きな力を持っていることは、村の人たちに聞かされていて知っていた。だけど―――温かい闇に包まれた光? 七つの光とは、いったい何?
 それに、ブランカで踊り子たちが噂していた、勇者を探す人間とは、もしかしてこの人なのだろうか?
「私、ミネアと姉のマーニャは、あなたとともに、暗黒の力に対抗すべく運命付けられた者。この世界には、私たち姉妹と同じ運命を背負った者がいます。そしてあなたもきっと、そうなのでしょう」
「えっ。わ、私?」
 占い師―――ミネアさんは、ええ、と頷いた。暗黒の力に立ち向かうべき、運命を背負っている。それが私たち。
 そこで私は思った。思ってしまった。今まで考えてこなかったこと、考えることを避けてきたことを。
 ―――何故ソロが勇者なのだろう? どうして『勇者』だということを、村のみんなは知っていたのだろう?
「まだ見ぬ彼らと力を合わせ、地獄の帝王の復活を阻止するのです。勇者さま、私たちを導いてください」
 私の思考を遮るように、勇者か、とソロは呟いた。そして彼は、暫く放心したように黙り込んでしまう。その胸中はいかがなものなのだろうか。
 幸せだった、昔のことを思い出しているのかもしれない。それとも自分が『勇者』である故に、村のみんなが、血が繋がっていないとはいえ、今まで育ててくれた両親が、そしてシンシアが死んでしまった、村が滅ぼされたあの時のことを思い出しているのかもしれない。ソロの顔は少しだけ、悲しそうに歪んでいた。
 それでもソロは、表情を引き締めて顔をあげた。決意が込められたその表情は、まさしく『勇者』の顔であった。
「……わかりました。ミネアさん、一緒に力を合わせましょう。いいよな? ナマエ」
「う、うん」
 ソロの精悍な顔立ちにこんな凛々しい表情を浮かべられ、思わずドキリとしてしまう。子供の時からずっと一緒にいたのに、こんな顔をしたソロは初めて見た。けれど、ドキッとしたのと同時に、ソロが少し遠くなってしまった気がした。
 ソロと私の返事を聞いて、ミネアさんはありがとうございます、と目を細めた。その表情は変に神秘的でなく自然体で、これが彼女の本当の笑顔なのだろうか、なんて思った。
「さあ、参りましょう。あ、お金は頂きませんので。さて、姉のマーニャは今日も懲りずに、カジノでスッてるはずです。行きましょう、勇者さまたち」


「自己紹介がまだでしたね。私はミネア、占い師をやっています」
「俺はソロ、十七歳です。一応勇者……なのかな」
「……私は、ナマエです。ソロの幼馴染です」
「ソロさんにナマエさん、ですね。これからよろしくお願いします」
「いえ、こちらこそ……」
 ミネアさんの姉、マーニャという女性の元へ向かう道すがら、自己紹介がてら会話をする。しかしミネアさんは丁寧な物腰ではあるがどこかよそよそしく、少し気まずい空気が流れ始めていた。
「あの、ミネアさん。ひとつ聞いてもいいですか?」
「はい、なんでしょう」
 話しかけてみたけれど、やっぱりミネアさんの態度をよそよそしく感じてしまう。ミネアさんひとりでも打ち解けるのは大変そうなのに、それにマーニャという女性も加わってしまうなんて。正直言うと、少し辛い。マーニャさんはもう少し気さくな方でありますように、とこっそり願っておいた。
「あ……、えっと。少し気になることがありまして。ソロが勇者なのは知っていました。だけど……どうしてソロが勇者なのでしょう。そして、七つの光って、温かい闇って、なんのことなんでしょう」
「あ、それは俺も気になってました」
 ソロと私が聞くと、ミネアさんの瞳が揺らいだ。少しの間、考えごとをするように俯く。だがその後顔を上げた彼女の瞳は、既に真っ直ぐに戻っていた。
「……そうですね、ではそれについて、後でお話しましょう。私も、気になることがあるので。でもまずは、姉を迎えにいくことが先です」
 ソロと私は首を傾げ、顔を見合わせた。ミネアさんはそんな私たちを一瞥すると、何も言わずに歩き出してしまった。


「こんなに早く、勇者さまに出会えるとは思いませんでした。認めたくありませんが、カジノのある町から離れたがらない、姉のおかげかもしれません」
 宿屋の地下へ行くと、そこはもはや別世界であった。いらっしゃいませ、と媚びるような笑顔を向ける、頭にうさぎの耳を生やしたバニーガールたち。彼女らは網タイツに露出度の高い服装をしていて、正直目のやり場に困る。そして、ここには目が疲れるほど煌びやかな空間が広がっていた。そして多くの人たちが、ゲームへと興じている。
 ミネアさんは半分呆れたようにため息をついていたけれど、それと反対に私とソロは、ただ唖然としていた。
「ソロ、見て! なにあれ、カードゲーム? あっちでは魔物同士も戦ってるよ!」
「うわ、あの台から金貨が沢山出てる……。なんだあれは」
 私たちは呆然と辺りを見回していたが、ミネアさんは平然と歩き出した。はぐれたら大変なので、ソロと私は慌ててついて行く。
「姉が好きなのはスロットです。ですから、スロット台の近くを探せば、すぐに見つかるでしょう」
 ミネアさんはこう言って振り向いたが、周りがあまりにうるさいので、聞き取るのは大変だった。こんなに人がいるのに、マーニャさんを見つけることができるのだろうか、と少し不安になった。

 マーニャという女性を見つけるのは、思ったよりも簡単だった。
 何故なら、ミネアさんの言う通り、スロットの前にミネアさんそっくりの女性が立っていたからだ。ミネアさんと同じく、紫の長い髪に、褐色の肌。そして何より、よく似た顔立ちをしている。
 だがその格好は、ミネアさんとは大きく異なっていた。ミネアさんは落ち着いた格好をしているけれど、マーニャさんの服装は、ある意味カジノ内にいるバニーガールよりも際どかった。
 ミネアさんの姉というのだから、もっと大人しそうな人かと思っていたけれど、正直想定外だった。私が人知れず面食らっていると、ソロが彼女に話しかける。
「あの……」
「話しかけないで、気が散るでしょ! ここで負けた分を取り戻して、妹のミネアをびっくりさせてやるんだから!」
 だが、彼女はスロットに夢中でコインを投入している。ソロが戸惑っていると、ミネアさんが一歩前に出てきた。マーニャさんはそれでも、こちらに視線を向けようともしない。
「何? 邪魔しないでよ!」
「……姉さん、やっぱりここだったのね」
 ミネアさんが低い声をかけると、マーニャさんはギクッ、と言わんばかりにゆっくりと振り向いた。その顔に、つう、と冷や汗が垂れてきている。
「んもう! 私が占いで稼いでも、全部カジノにつぎ込んで。私たち、もう一文無しよ!」
 ミネアさんが怒ると、えーん、ごめんなさい、とマーニャさんは泣きついた。そんな彼女を見て、ミネアさんは呆れ顔をしている。そんな彼女らを見て、ソロと私は、お互い困ったように顔を見合わせるしかなかった。
 そうしているとマーニャさんは、ようやく私たちの方に顔を向けた。やっと私たちに気がついたようだ。
「ん? こちらの方々は?」
「私たちが探していた、勇者さまであるソロさんと、その幼馴染のナマエさんよ」
「ど、どうも……」
 私とソロは頭を下げる。マーニャさんはそれをどう解釈したのかはわからないが、少し考えた後、良いことを思い付いた、とでも言わんばかりに顔を輝かせた。
「わお! ちょうどいいじゃん。よーし、これから先は、勇者さまたちに養ってもらうことにしましょ。よろしくね、勇者さまたち」
「よ、よろしくお願いします……」
 養ってもらうって……。ソロも困惑した顔をしている。どう反応したらいいのか、わからないのだろう。私も多分、ソロと全く同じ気持ちだ。
「二人ともあたしのことは、マーニャって呼び捨てにしてくれていいわよ。その代わりあたしも、あなたたちのこと、ソロと、ナマエって呼ばせてもらうからね。さあ、行きましょう!」
「は、はあ……」
 マーニャさんが、私とソロの肩を組み始める。困った顔をしたソロと思いかけず目が合って、お互い苦笑した。ミネアさんはそんな私たちを見て、呆れたような息を吐いている。
「これから大変そうだな……」
 マーニャさんは、ミネアさんと会話している時のような気まずさは感じない、気さくな人だった。それは良かったけれど、ここまで友好的な人だとは思っていなかった。こんなパーティでやっていけるのか、少し不安に思った。

 だけど―――ソロと私とで二人旅をするより、旅慣れているであろう彼女たちと共に旅をするのは、心強いかもしれない。まだまだ弱い私たちには力強い味方になるだろうな、とも思った。


ミネア Lv.13
職業:占い師 性別:女
HP 68/68 MP 56/56 攻撃力:65 守備力:57
Eホーリーランス E鉄の鎧 Eうろこの盾 Eはねぼうし
持ち物:銀のタロット、闇のランプ
習得呪文:ホイミ,キアリー,ラリホー,バギ,キアリク,ベホイミ
マーニャ Lv.13
職業:踊り子 性別:女
HP 70/70 MP 67/67 攻撃力:33 守備力:36
E毒蛾のナイフ E毛皮のコート Eはねぼうし
持ち物:かやくつぼ
習得呪文:メラ,ルカニ,ギラ,ルーラ,リレミト,イオ

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