■勇者の大切な日

▼DQW30周年!

「ねえ、ソロって誕生日いつなの?」
 旅の途中、街に寄り宿をとった直後のこと。
 仲間たちは早々と宿屋の部屋に向かっていったが、私とソロは外で何気なく会話をしていた。
 彼はどうやら、静かな場所にいたかったらしい。まだ日は暮れてはいないが、暗くなってきた外の景色は寂しさが見える。
 ソロは、そんな景色をぼんやりと眺めながら――少しの間、私の発した問いに対し、考える素振りを見せた。
 そして一言――私が全く予想できなかった言葉を吐き出した。
「……わからない」

「えっ」
 思わず驚き、私は彼の顔をまじまじと見てしまう。
 聞き間違いではない。彼は確かに、「わからない」と言った。
「えっと、誕生日にお祝いされたこととかって……ないの?」
 ついつい私はこんなことを聞いてしまう。
 余計なことに首を突っ込むようではあるが、ソロの話を聞く限り、彼の村の人たちが彼の誕生日を祝わないとは思えなかった。ソロが村の人達に守られ、愛されていたことは、少しではあるが聞いていたから。
 ソロは少しだけ黙った後、私の問いに対し、小さい声で「ある」と答えた。だけどそれで、私は余計訳がわからなくなってしまう。
 誕生日を祝われたことはある。なのに彼は、自らの誕生日を「知らない」と言った。
 それは、つまり、どういうことなのだろう?

「えっと、どういうこと?」
 理解ができなかった私は、再度質問を重ねてしまう。ソロはそんな私のことを一瞥すると、ため息を吐いて答えた。
「俺のことを育ててくれた人たちは、毎年、俺のことを祝ってくれたよ。幼馴染も、村の人達も、みんな」
「じゃあ、どうして」
 食いつくように私は言葉を重ねる。ソロは呆れたように――否、自嘲するように笑って、こう呟いた。
「俺の両親が、俺とは血がつながっていないって話は、ナマエにはしてなかったか」
 え、と声が漏れた。初耳だったから。そして、安易に聞くべきことではなかったかと、少し後悔したから。
「俺だって詳しいことは何も知らない。ただ、俺の親はあの人達しかいないとは思っている」
「そっか」
 何と声をかければよいのかわからず、相槌しか打てなかった。
 だけど、ソロにとってはむしろそれで良かったのかもしれない。気にする素振りも見せず、彼はぽつぽつと話を続けてくれた。
 
「さっき、ナマエに俺の誕生日を聞かれた時、答えようとは思った。だけど、毎年祝ってくれたあの日は――もしかしたら、俺がこの世界に生まれた日じゃないんじゃないかって、少し思ったんだ」
 沈黙。何と答えれば良いかわからず、私はどうしても黙り込んでしまう。
 確かに、ソロと血の繋がっている生みの親がいない村で、誕生日として祝われたその日が、彼が生まれた日だと断定はできないだろう。
 もし仮に、彼が村の近くで拾われた存在だとしたら、ソロの誕生日は誰もわからない。彼が詳しいことを知らない以上、ソロの誕生日が本当にその日なのかは、既に誰もわからないのだ。
 彼の村の人は、ソロの家族は、もうこの世にはいないのだから。
 そう思うと、何だかやけに寂しく感じた。
 そして、私の寂しさより、この何倍もソロは寂しいのだろうなと、そうも思った。

 だけど――それでも、こう思った。
 彼にとっての両親が、ソロがこの世に生を受けた本当の日を知らないとしても。
 毎年、彼が祝われていた日があるというのなら――それは、ソロにとって大切な日なのではないだろうか?
「でも、ソロにとっての誕生日は、きっとその日しかないんだと思うよ」
「…………」
 だから私は、思ったことをそのまま伝えた。
 ソロは答えない。俯いたままで、表情も見えない。それでも私は、少しずつ言葉を連ねていく。
「もしかしたら、赤ちゃんだったソロがご両親に初めて出会った日かもしれない。村に迎え入れることが正式に決まった日かもしれない。私にはわからないけど」
 そこで一呼吸を置く。ソロは私の顔を見てはいなかったが、私の話を拒絶しているわけではなかった。
「ただ、ご両親にとってもその日はきっと、大切な日だったんだろうし、村の人達にとっても大切な日だったんだと思う。生まれた日がわからなくても――ソロの誕生日は、その日が一番だよ。あなたは今まで、村の人達に愛されてきたんだから」
 ……何も知らない私の、ただの想像でしかないけどね、と言って私は結んだ。
 ソロも、それくらいはわかっているかもしれない。だけど、口に出して言うこと自体は、悪いことではないと思う。
 ただ、少々口を挟みすぎたかもしれない。ソロはしばらく無言を貫いていた。
 それでも、そんな彼のことを、放っておくことはできなかった。それだけだった。


「ナマエ」
「な、何?」
 沈黙は、彼の言葉で破られた。私は思わず、身構えるように応答してしまう。
「ありがとな」
 だけど、顔を上げたソロの顔は――確かに、笑っていた。しかも、ちょっとだけ照れくさそうな、それでいて嬉しそうな笑み。
 その整った顔立ちが浮かべる、珍しく純粋な笑みに、思わず照れて顔をそむけてしまった。
 それだけ、かなり珍しい表情だった。彼はあまり、そんな顔を私たちに見せたことはなかったから。
 だけど、次にソロのことを見た時、彼の表情は既に元の表情に戻っていた。もうちょっと見ておけば良かったと思ってしまったのは、内緒の話だ。


「で、ソロの誕生日――ソロにとっての誕生日は、いつなの?」
 気を取り直して、私は彼の『誕生日』を尋ねる。ソロは、もう考える素振りも見せずに、さらりと答えた。
「ああ、それは」
 彼は何気なく、自分の誕生日を告げる。私はその日付を、すぐに頭の中で反芻した。
 そして、その日付を復唱した時――私は、ハッとした。
「ソロ、それって……もしかして、今日じゃない?」
「そうだな」
 彼は軽い調子で言ったけれど、私は驚いて飛び上がってしまう。
「そうだったの!? どうしよう、マーニャたちにも教えなきゃ」
「俺としては別にいいんだけど」
「気にする! だって、ソロにとっての大切な日でしょ。これからも、大切にしなきゃ!」
 慌てた私の様子に、彼は落ち着いた苦笑いで返した。だけど、私としてはそれどころではない。
 今日、ソロに誕生日を聞いたのも、もともとは彼の誕生日になったら何かしたいな、と思っていたからだ。
 ソロと出会ってから今までの会話を振り返って、ソロの誕生日のことは聞いたことがなかったから、それとなく聞いてみただけだったのだが――まさか、今日がその日だったなんて、誰が予想できただろうか。
「何かプレゼントを用意できればいいんだけど、そんな時間もないし……よし、みんなと合流して、今日は騒ぎながらご飯でも食べましょ!」
「それじゃあいつも通りだろ」
「いいの! その代わり、ソロも今日は嫌なこと忘れて、めいっぱい楽しんでね!」
「……そうだな」
 ソロは諦めたように息を吐く。だけど、決して嫌そうな表情には見えなかったから、私は思い切って彼の手を取った。温かい彼のぬくもりが、この手に伝わった。
 そして。

「ねえ、ソロ」
「何だ?」
「誕生日、おめでとう!」
 みんながいる時にも改めて言うつもりではあったが、それでも私は今、この場でこの気持ちを伝えた。
 二人でいるときに、この気持ちを心から伝えたいと、そう思ったのだ。
 それが気まぐれなのか何なのかは、自分でもよくわからないところだけど。
「……ああ、ありがとな」
 そしてそれに対し――ソロはどこか遠い目をして、頷く。
 それが、彼が喜んでくれていると解釈して、私は笑った。ソロも、私の手を振り払おうとはせず、ほんの少しだけ口角を上げていた。

 それから私たちは、仲間たちが待つ宿屋に向かっていく。マーニャやアリーナたちに、ソロの誕生日のことを伝えなくてはいけない――ライアンさんたちも、きっと喜んで彼のことを祝ってくれるだろう。
 ソロは私に続いて、呆れたように足を進めた。ただ、その表情は、やはりどこか嬉しそうでもあった。


 彼の誕生日は、年に一度の、大切な一日は――まだ、終わらない。
 願わくば、この日が少しでも長く、幸せな思い出になればいいと――私は、願うのであった。


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