14.その日の夜

 ※少し下品な表現あり

 帰り道、ナランチャから少しお金を借りて、最低限の服と下着を買った。それも、借りたお金をあんまり無駄に使うわけにもいかないので、かなり安いものを二、三着ずつだ。それでも、結構な額になってしまった。
 たとえ安いものを買ったとしても、服は高い。ナランチャには借りを作りっぱなしで、申し訳ない気持ちと感謝の気持ちでいっぱいだ。―――本当に、早く稼いで、お返ししなきゃな……。
 ちなみに、ナランチャには先に帰っててもらうことにした。流石に、女の子がブラジャーだのパンツだのを買う場面に、男の子を連れていくわけにもいかない。


「ただいまー。あー、やっとゆっくりできる」
 ナランチャの家について、ひとまず一息ついた。退院してからはすぐにポルポの元へ向かったし、その後、いくらか仮眠はしたとはいえ、ほぼ二十四時間ずっと『銃』を見張っていたのだ。眠気もピークだけれど、とりあえずは一旦シャワーを浴びたい。
 私はとにかく、早く休みたかった。さっきレストランで早めの夕食もとったことだし、早めにシャワーを浴びて寝てしまってもいいかな。まだ、夕方五時前だけど。
「ねえナランチャ、シャワーを浴びても良い?」
「……え!? いや、ああ、うん。いいぜ……」
 居間に座りこんでいたナランチャが、少しびっくりしたように跳ねた。見ると、頬を少しだけ染めて、動揺したように見える。
「…………ナランチャ、もしかしてさ……」
「イヤイヤイヤ、違ェし! 別にナマエに対して、やましいことなんて考えてねーからなァ〜〜〜!」
 見るからに慌てたような彼の様子を見て内心、失敗したか、と苦虫を噛み潰す。
 考えてみれば、昨日は泊めてもらうしか無かったけど、正式にギャングとして認められた時点で、ナランチャに匿われる理由はない。ブチャラティに『ホテルを用意してやるか』と言われた時点でそれを受けるべきだった。
 子どもっぽいし、昨日も何事も無かったし、一つ年下だし……と油断していた私が悪かったのかもしれない。ナランチャも、男の子なのだ。ひとつ屋根の下に同年代の女の子がいるとなれば、これが真っ当な反応なのだろう。更に言うならば、十六歳なんて、思春期真っ只中だろうし。

「……へ、変なことしないでよ」
「誰がするかよォ!」

 顔を真っ赤にして言われてもあんまり説得力がない。昨日こんなことが無かったのは、私の試験が真っ只中でお互い少し緊張していてそれどころではなかったからと、昨日は私がシャワーを浴びる余裕もなかったからだろうか?


 私はそっとため息をついた。シャワー室へと向かって、それから服を脱ぐ。シャワー室の中に入り、温かいシャワーを全身に浴びた。入院中はゆっくりシャワーを浴びれなかったので、久しぶりにゆったりとした気分になれたかもしれない。昨日はシャワーを浴びることができなかったので、かなり心地よかった。
 でも、居候の身でシャワーを使いすぎるのは少し気が引ける。二人分の水道代はきっと、馬鹿にならないだろう。なるべく節約して使うようにした。―――本当に早く稼いで、ナランチャに返してあげなきゃ……。


 シャワーを浴び終えて、私は一度居間へと向かった。身体中がほかほかしていて、今の気分はかなり良い。ただ、ナランチャはドライヤーを持っていなかったみたいなので、髪の毛は乾かすことができずに濡れている。タオルを借りつつ、自然乾燥で乾かすしかなくなってしまった。

「…………あっ、ナマエ。浴びてきたのか」

 そう呟いた後、ナランチャは更に何か言いかけたが、やめたらしい。―――さっきはパジャマを買うことも少し考えたけど、ジャージを着ることにして正解だったかもしれない。これ以上思春期男子を刺激してしまったら、いよいよ貞操が危ないかも……。
 と、やや被害妄想的に考えたところで、ふと考えた。―――私って、処女なのかな? 『記憶が亡くなる前の私』が、知らない誰かとセックスしたことがないとは限らないし。
 そう考えたところで、何故だか気分が悪くなってきた。―――やめよう。どうせ、どうでもいいことだ。

「…………じゃあよォ、オレもシャワー浴びてくるな。……ちょっと早いけど」
「そっか。じゃあ私は部屋に戻ってるね」

 ナランチャはややそわそわしながら、私に見送られてシャワー室へ向かった。私も部屋に向かったが、落ち着かない様子の彼を見て、どうしても変なことを勘ぐってしまう。―――もしかして、独りで『する』のだろうか?

「……。…………やめよう」

 思わず途中まで想像してしまって、微妙な気分になりながらかぶりを振った。私にとってのヒーローが、私をネタにして独りで『して』しまう場面なんて、あまり考えたくない場面である。―――ちょっと自意識過剰かもな、私……。そこまで私に魅力があるととも思えないし。全く意識されなかったとしても、それはそれで少し傷つくと思うけど。

「…………」

 頭を振って、変な考えを強制的に意識から追い出した。まだ濡れている髪から、水滴が飛んだ。

「……そういえば部屋を勝手に片付けたこと、まだナランチャに謝ってないな、試験のためには必要だったこととはいえ……」
 辺りを見回して、ポツリと呟く。初めてこの部屋に入った時より、結構綺麗になっているように見えた。
「……ナランチャがシャワー浴び終わるまで待ってようかな。それから謝ろう」
 そう思って待っていたが、ナランチャがシャワー室から出てくるまで、まだまだかかりそうだった。男の子は女の子に比べて、シャワーが短いものだと思っていたのだけれど。
「…………遅い」
 ―――もしかしたら、本当に……。いや、やめようやめよう。あまり考えすぎるのも失礼だ。
 暫く待っていたが、ナランチャは未だに出てきた様子がなかった。
 やがて、段々眠くなってくる。二十四時間まともに寝ていなかったことと、試験の疲れと、『ブチャラティ』から与えられたプレッシャーなどで、かなり疲労が溜まっていたらしい。昨日『使っていい』と言われた布団を敷いて、床についた。髪の毛はまだ濡れていたけれど、どうしても眠くてしょうがなかったのだ。―――明日も早いかもしれないし。明日、ひとこと謝ればそれでいいかな。……もう寝ちゃっても、いいよね。
 毛布をかけて寝っ転がると、段々意識が遠のいていった。眠りに落ちる時の、独特の心地よさが身体を包み込む。

「おやすみなさい」

 意識が落ちる寸前、確かに聞き覚えのある声が、私にこう囁いた気がした。それが誰なのかを考える前に、私はこてん、と完全に意識が落ちてしまう。
 ナランチャはまだ、シャワーを浴び終えたわけではないみたいだった。結局その声が誰なのかは、この日の私には分からなかった。

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