■パブリック・エネミーズ
久しぶりに盛大にしくじったなあ、と。割合呑気にそう思った。
今回のループ。乗員の数は九人。エンジニア、ドクター、守護天使、AC主義者有り。グノーシアは二匹で、私と沙明だった。
初日に、ドクターが二人名乗り出たが、グノーシアは誰一人騙らなかったので、片方はAC主義者だろう。そして、名乗り出たエンジニアは一人だけだったので、本物が確定。この時点で、少々不味いことになったな、とは思った。
問題は次の日だ。本物が確定しているエンジニアを襲撃したが、守護天使に阻まれた。そして、エンジニアの調査で、私がグノーシアだと報告される。
私は二日目の時点で、グノーシアが確定してしまった。
「ナマエさんは……ナマエさんは、グノーシアです!」
「あー、うん、そうだね。全くもってその通りだよ」
レムナンに切羽詰まった表情で言われ、私はただ、苦笑いで対応するしかなかった。
そこからは酷かった。
「さて、この辺りでナマエとの同盟を破棄しようか。ついでに言っておくけど、ナマエは全く信用に値しないよ」
初日に協力を持ちかけられたラキオに好き勝手言われて、他の皆も疑いを同調するし。グノーシア確定している私なんて放っておいて、他の敵を見つける方が有意義だろうに。
「パァブリックエーネミィー・ナマエ! ハッハァ!」
そして、グノーシア仲間の沙明にも笑われた。パブリック・エネミーはお前もそうだろうと言ってやりたかった。さすがに仲間を売るような真似はしなかったので言わなかったけど、腹が立ったので今日の投票で票を入れてやろうとは思った。
グノーシア確定してしまっている以上、議論に参加する権利はない。その後、ドクターの真偽を見極めている乗員たちの議論を、欠伸しながら眺めた。
全員から投票され、当然のようにコールドスリープが決まった。誰も声をかけてくれなかった。悲しかった。
ちなみに、本当に沙明に投票した。だからなんだというわけでもないが、少なくとも気は晴れた。
コールドスリープ室に向かう。AC主義者にはエンジニアを騙ってほしかったなあと思ったが仕方がない。騙りをすることが好きではない性格の人がグノーシア仲間になったときは、私が騙りをすべきだったのだろう。今後の反省としなくては。
と。コールドスリープ室に辿り着き、ポットを開いて、ひとり寂しく準備をしていたら――
コールドスリープ室の扉が開いた。驚いて後ろを振り向く。セツが慰めに来てくれたのなら嬉しいが――と。そう思ったが、期待は外れた。
「……何か用?」
一転、私の機嫌は悪くなる。それでもその人は、無言で立っていた。
沙明はただ、真顔のまま、私を見ていた。
先ほどまでは呑気にコールドスリープする準備をしていたが、彼の顔を見ていると無性に腹が立ってきた。黙っている沙明に、私はもう一度問いかけた。
「何の用、って聞いてるんだけど」
「別に? グノーシア仲間のお見送りくらいしたっていいだろ」
沙明は軽口を叩く。ニヤついたその表情を見ていると、また苛ついてきた。さっさと眠って、この宇宙からおさらばしてしまいたくなった。
「人のことパブリック・エネミーとか言ってた人がどの口で言うの。沙明だってパブリック・エネミーのくせに」
コールドスリープの準備として、ひとまず上着を脱ぐ。だが彼の前ではこれ以上脱ぎたくない。冷凍するためには肌着一枚くらいにはなっておきたいところだが。
沙明のことは別に嫌いではないし、このループでも特に不仲というわけでもなかったが、それはそれとして彼の言動には腹が立つ。
「仕方ねーだろ、あの状況でナマエのことを庇うわけにもいかないですし?」
「庇ったり弁護したりしろとは言ってないけど。唯一の仲間にパブリック・エネミーとか言われて笑われたら、私が傷付くとは思わないの?」
「……お前、んなタマかよ?」
こんなことを言うが、別に議論中に疑われたこと自体にそこまで怒っているわけではない。ここまでのレベルの失敗は久しぶりだが、疑われること自体には慣れている。仲間から裏切られることも。それでも衝動的に感じた怒りは、彼に投票することで既に発散していた。
そんなことを言って私を見捨てる発言をしたくせに。いざコールドスリープするとなったら、見送りに来たことに腹が立っている。これを自分勝手と言わず何と言うべきか。
一度見捨てたなら、そのまま見捨ててほしい。罪悪感か何か知らないけど。同情なんて要らないと、そう思っていた。
「なんで見送りに来たの? パブリック・エネミーのことなんて、放っておけばいいよね」
彼のことは無視して黙って凍っても良かったのだが、一応お見送りしに来てくれたわけなので、別れの会話のつもりで再びその質問を投げかけた。
「別に? グノーシアもフツーに、凍らせちゃえるモンだなって思っだけだよ」
彼は返答する。どこか淡々とした調子のその言葉に、何か含むものを感じた。彼の本意を探りつつ、ひとまず思ったことを言う。
「……そうだね。グノーシアなんて、そんなに人間と変わらないものではあるよ」
グノースに触れられると脳が強制的に変化するし、理性のタガは外れやすくなるし、人を消したいという衝動が止められなくなるが。それでも、凍らされてしまえばなす術はない。グノーシアは人間とさして変わりない、生物の一種だ。
答えながら、私はふとこう思った。
もしかして。彼は、自分が負けることを考えていたのではないだろうか。そのため、私が負けるところを見に来た。
自分が負けたときに、一人きりでコールドスリープすることを。彼は考えていたのではないだろうか。そしてそのまま、私も彼も、二度と目覚めないことを。
「もしかして沙明、寂しくなっちゃった? 二人しかいない仲間が、二日目にもういなくなっちゃうなんてね。まだ先は長いのに……先が思いやられるねー」
だが私は、あえて揶揄うように言う。こんな会話をしているが、私がいなくなった後に、グノーシアの沙明がこの船を制圧しようと、逆に彼がコールドスリープして人間が勝利しようと、どちらでも良かった。実のところ、あまり興味はなかった。
この宇宙も、私が何度も経験した宇宙と同様に、そこまで大きな意味を持たない宇宙になるだろうと思っていた。忘れがたいループだって何度も経験してきたが、ほとんど何も覚えていないループだって数多くあるのだ。そしてこの宇宙も、いつかそうなるだろうと思っていた。
「別に……んなこたねーよ、パァブリック・エネミィーさんよォ」
「そう? なら、頑張ってね。沙明なら一人でも、この船を制覇することはできるよ」
半分当てつけだった。お前が私を見捨てて、お前はいつか一人きりになるという。嫌がらせだ。
グノーシアの彼が、一人きりになることを嫌がっていたことを知っている。なのに彼は、平気でグノーシア仲間を切り捨てる。今回だけじゃない。そんな姿は、何回も見てきた。
なんて人だろう。仲間を切り捨て、人間を消した先には、ひとりぼっちになる未来しかないと言うのに。
それでいて彼は私を見送りに来た。孤独に眠る私を。それは、誰も見送りに来てくれないまま眠る自分のことを、考えていたのだろうか。
そう考えていると、私は気がついたら、こんなことを言っていた。
「それとも……ここで眠った方が、沙明にとってはいいのかもね?」
結構本気でそう思った。彼はなんというか、私の見たところ、グノーシアに向いていない。私の負けは既に確定しているのだから、ここでこのまま二人で眠ってしまうのも、悪くないように思った。
「ハッ。……んなこた、しねーよ。俺ぁ生き残るためならいくらだって頭下げるし……一人ででも、ヤってやるっつーの」
「……そう」
その真面目な言葉に――私は、思い直した。私は彼に腹立てて、沙明のことを考えていなかったのではないか、と。
よほどのことがない限り、やはり彼は自分が生き残ることを優先する。一人きりが嫌だとしても、仲間を切り捨てる。そして、後で後悔するのだろう。そういう人なのだ、沙明という男は。
「じゃあ、そうだね。……餞別代わりに」
私がどうしてこのようなことをしたいと思ったか。理屈では説明できない。ただ、そうしたいと、そう思ったのだ。
背伸びして、彼の頬に、口付けを落とした。
「別れの挨拶代わりのベーゼだよ。……頑張ってね」
そして私は小さく笑う。さっきの、当てつけ半分の言葉とは違う。何があっても生き残りたいという彼の気持ちに、敬意を表したつもりだった。
沙明はしばらくぽかんとしていたが――やがて、ぽつりとこう言った。
「ナマエお前……天使か?」
「あはは、グノーシアに天使なんて。面白いことを言うね」
冗談を通り越して皮肉もいいところだろう。人を消すグノーシアが、天使だなんて。
「グノーシアは――殉教者だよ。少なくとも今の私はそう。でも、そうだね。沙明が私のことを天使と呼ぶなら、祝福してみようかな」
冗談もいいところだけど、それに応えてみたかった。沙明は、私を……本当の意味では、見捨ててなどいなかったのかもしれない。
「祈っているよ。沙明が生き延びることを。……幸せであることを。眠りながら、そんな夢を見ているよ」
「ナマエ、お前」
「じゃあね!」
何かを言いかけた沙明を遮り、別れの言葉を告げた。
さっさと服を脱いで、肌着の状態になる。そして、呆然とした彼が何かを言う前に、コールドスリープのポットに入り、私は眠った。
そして、次のループへ向かう。次の宇宙へと。それまでの間、私は、ただ祈り続けていた。
次は沙明と、もっといい出会い方ができるように。
そして、この世界の沙明が、一人で生き残ってからも、少しでも救われることができればいいなと思う。それがいつの日のことになるか、どのような形になるかは、ループする私には知りえないことだけど。
ただ、次は。パブリック・エネミーでもない、敵でもない出会い方をしたいな、と。ただそう思った。