■中編

二人の約束/前編』の続き

 次の日。夕里子が消滅させられていることが確認された。……また、人が減っていく。それでも私と沙明が襲われなかったことに、残酷な安堵感を覚えた。
 約束を果たせないのは、嫌だから。


「何か連絡事項はない?」
 皆がメインコンソールへ集まったところで、昨日名乗り出たエンジニアとドクターに、セツが報告を要求する。
 まずは、昨日一人だけ名乗り出たドクターであるククルシカが、昨日コールドスリープしたジョナスはグノーシアではなかった、と身振りで報告した。
 次はエンジニアの番だ。
「おっと、オレの番だな、報告。ステラはオレと同じ、人間だ。オシ、次はグノーシアを当ててやるぜ!」
「あの、あたしも調べたのです。えっと……沙明さん、グノーシアでした」
 初日にエンジニアに名乗り出ていたしげみちとオトメの二人のうち、オトメが沙明をグノーシアだったと報告する。
 ――珍しい。留守番が潜伏したことが、いい方向に向かったとは。
 オトメが客観的にも破綻したことを、確認した。その破綻を証明できるのは、私たちだけだ。
 その直後。私は、すかさず自分が留守番だと明かした。
「私は、ルゥアンの騒動のときに船の中にいたよ。そしてそれは、もう一人の留守番が証明してくれるはず」
 それから、ちらりと沙明に目配せする。昨日、沙明は留守番であることを名乗り出たくないと言っていたが、きちんと名乗り出てくれるだろうかと、少し心配になってしまった。
「んで、ナマエが船にいたことを知ってる俺も。グノーシアじゃないってわけよ。OK?」
 だが、杞憂だった。沙明は軽薄な笑みを浮かべながらも、きちんと名乗り出てくれた。
 ――良かった。もし名乗り出なかったら、私は疑われることになっただろう。私の提案を、聞いてくれたというわけだ。

 そして、私と沙明が黙っているうちに、あれよあれよと議論が進んでいく。
「情報ありがとう。これでしげみちがエンジニアだと、はっきり分かったよ」
 初日に名乗り出たエンジニアは、しげみちとオトメ。そのオトメが潜伏していた留守番をグノーシアだと報告して破綻したため、オトメは偽物確定で、しげみちが真エンジニア。
「皆様、お聞き下さい! オトメ様がグノーシアであることが証明されました。でも、そんな……」
「言うまでもない事だけど、ステラが乗員だと確定したね」
 そしてこのループにはAC主義者やバグはいないため、オトメがグノーシアで、しげみちが調べたステラは乗員確定。ロジックの強いセツやステラ、ラキオが、状況を整理していく。
「現状のデータを検討いたしましたが……。オトメ様には、コールドスリープしていただく他、ないのでしょうね……」
 ステラのこの言葉に賛同が募り、オトメ以外の全員がオトメに投票して、この日の議論は終わった。
「はい、コールドスリープします。あの……色々話してくれて、ありがとうでした」
 オトメのその寂しそうな表情が、何度も見てきた表情が、やけに印象に残った。


「あーあ、俺が人間だってバレちまった。グノーシア連中、狙うならお前にしといてくんねーかな……」
「馬鹿なこと言わないの。二人で生き残ろうって約束したでしょ?」
 議論後。今日は、娯楽室で沙明と二人で相談していた。
 現状の整理と、自分たちが生き延びる方法を探るために。
「つっても……名乗り出ちまった以上、俺らにできることなんて無くね? もうグノーシアに消される一歩手前まで来てるじゃんよ」
「あるよ。目立たないで、それとなく議論を動かす方法。沙明、そういうのは得意じゃない?」
 というより、沙明がいつもやっていることだ。少なくとも、他のループではよく見かける。
 発言を控え、自分からはあまり口を開かず、他の人の意見に追従したり。
 自分に疑いがかかったときに、話を逸らしたり。
 あとは――
「あー、つっても……グノーシアに関係ない話をするくらいしか思いつかねェんですけど?」
「そう、そんな感じ。少しくらいならいいと思うよ? 関係ない話をするのは、グノーシアも油断して襲われにくくなるからいいと思う。ただ、あんまりやりすぎると議論が進まなくなっちゃうのは注意かな。敵利になっちゃうから」
 雑談することを教えてくれたのは、昔のループでの沙明だったな、と。ふと思い出した。
 今の彼が、それを知っているはずもないけど、それでも。その時とあまり変わらない彼の姿に、不思議と笑みが零れた。

「それに……きっと今日襲われるのは、私たちではないと思う。エンジニア確定しているしげみちかな。しげみちの明日の結果が出てしまったら、グノーシアたちにはほとんどなす術がなくなってしまうからね」
 しげみちがグノーシア報告したら、グノーシアは確実にコールドスリープされる。守護天使に阻まれるかもしれないというデメリットを度外視しても、グノーシアはエンジニアを襲いたいはずだ。
「へぇ? 本当に俺らが襲われないならいいですけどねェ?」
「……本当は、守護天使が上手い具合にグノーシアの襲撃を防いでくれればいいんだけど。万能ではないから、期待しすぎるのも良くないかな」
 もしラキオが守護天使なら、この状況なら確実に真エンジニアを守ってくれるだろうと確信できるが。ロジックよりも感情で動く人が守護天使ならそうとは限らない。目の前にいる沙明がいい例だ。彼が守護天使の場合、いくら女子が怪しくても女子とセツしか守らない。なんて奴だ。
 それに、昨日コールドスリープしてしまったジョナスや、今日襲撃された夕里子が守護天使の可能性もある。
 できれば、守護天使が守ってくれた上で、全員揃って明日を迎えたいのだが。誰かが襲撃される可能性、特にしげみちが襲撃されて、彼の報告を聞けないかもしれないという前提で、計画を立てた方が良さそうだ。


「生憎、私も直感はそこまで強くないから、誰が嘘をついているのかは分からない。でも、今の情報で、残りのグノーシアが誰なのかは結構絞り込めるよ」
「……へぇ。ご教授願えますか、ナマエ先生?」
 茶化すような口ぶりだが、真面目に返答することにした。私も口に出して、自分の考えをまとめておきたかったから。
「じゃあ、整理してみようか。確定している役職。しげみちはエンジニア、ドクターはククルシカ、留守番はもちろん私と沙明」
 一つ一つ整理していく。この船に乗っていた乗員は最初は十二人、今は九人だ。
「守護天使が一人、役職がない人間が四人、グノーシアが三匹。コールドスリープしたジョナス、襲撃された夕里子はもちろん人間で、ステラも今日人間が確定した。そしてオトメはグノーシアで、今日冷凍された」
 ほとんど独り言だ。だが口に出して言うことで、事態が把握しやすくなっているのを感じた。
「つまり……どういうことだってんだよ?」
「生き残っている九人の中で、グレーな存在なのは四人。セツ、シピ、ラキオ、レムナン。この四人のうち二人が人間で、二人がグノーシア」
 ここまではいい。問題は次だ。
「守護天使が誰も守ることができなくて、空間転移ごとに一人ずつ消滅させられ、コールドスリープも一人ずつ行われると仮定するなら、コールドスリープできる機会はあと三回。その三回のうちに、グノーシア二匹を凍らせなきゃいけない」

 そこまで言ったところで、息を吐いた。
 そう。事態はシンプルだ。残り三回の投票で、二匹のグノーシアをコールドスリープさせる。グノーシアの可能性があるのは、四人。
「セツ、シピ、ラキオ、レムナンか……。そこからどうやって、グノーシア二人を絞りこめばいいワケよ?」
「一番参考になる客観的データは、投票結果かな。投票結果は、嘘をつかないからね」
 今日の議論は盤面整理だけで終わったし、初日はエンジニアやドクターが名乗り出て、しげみちがなんとなくジョナスを疑ってみたら皆が流されてしまったという感じだった。あまり参考にはならない。
「今日の投票結果は……オトメがしげみちに投票して、それ以外のみんながオトメに投票してるから、特に情報はないけど。でも昨日の投票結果は重要。オトメに投票している人はしげみちと夕里子、しげみちに投票している人はいない。そして、グノーシアであるオトメが投票してるのは……ラキオ」

 今までのループのオトメの様子を思い出す。
 彼女は、グノーシア仲間のことを庇いがちであった。グノーシア仲間がいくら疑われても、一人だけ投票していないこともあった。
「……ラキオは限りなく、グノーシアではない。そうなると、セツとシピとレムナンの三人のうち、二人がグノーシアであるという可能性が高い」
 だが沙明は、腑に落ちないような顔をしていた。
「オトメが仲間を裏切って投票したってのはねーのかよ?」
「可能性はゼロではないけど、考えにくいね。オトメの性格を見たところ、仲間を裏切れるようには思えないから」
「グノーシアってのは人を騙すんだろ? 数日しか知らない相手の性格を信じれんのかよ。怪しい仲間を売って、自分の信用を上げるってのも、アリなんじゃないですかねぇ?」
 彼の考えも最もだろう。沙明からすれば、グノーシアの優しさなんて、信じられないに違いない。
 私は……彼が優しいグノーシアになり得ることを、知っているのに。
「……そうだとしても、初日から仲間を売るのはデメリットの方が大きいよ。グノーシアだって、なるべく議論は長引かせたくないはず。ボロを出しやすくなるからね。できれば全員揃った上で、早めに船を制圧したいはずだよ。初日から仲間が冷凍させられる可能性は、グノーシアも避けたいと思う」
 ループしてきた中で見てきたオトメの性格について、沙明に理解してもらおうとは思わない。だから、あくまで論理で説得する。
 彼は必ずしも納得したようではなさそうだったが、一応頷いた。

 私は話を続けた。
「明日……しげみちの報告を聞ければ一番いいんだけど。私たちはできるだけ目立たないように……それとなく、議論を誘導しよう。できるだけ、ラキオに投票が入らないように……そして、ラキオ以外の三人を注目しながら」
 と、そこまで言ったところで――LeViのアナウンスが鳴った。
 空間転移は、五分後。今日はここまでだ。


「じゃあ、そろそろ戻ろうか。明日が来ることを、祈りながら」
 そう言って席を立とうとしたところで、ふと、沙明が零した。
「……お前さ」
「ん? 何?」
 だが彼は何も話そうとしない。ようやく口を開いたかと思ったら、このような煮え切らないことを言うだけだった。
「いや……なんでもねー。無事に二人とも生き残ったら言うわ」
「……? 変なの」

 →後編


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