■鎖つないで

※倒錯(沙明が首輪をつける)
※レムナンがグノーシアSQによって酷い目に遭うことが匂わされる描写あり


 ループ史上稀に見る面白い最終議論だな、と。私は思わず笑っていた。

 生き残りは五人、生き残っているグノーシアは私とSQ。それ以外が、沙明とレムナンとステラ。
 なのだが……実のところ、グノーシア陣営は既に論理破綻していた。初日に名乗り出たエンジニアは沙明とセツ、ドクターは私とジョナス。グノーシアは最初は三匹いて、AC主義者有り、バグは無し。
 エンジニアとドクターは、沙明と私、セツとジョナスのラインが繋がっている状態だ。だが――沙明と私の視点からすれば、今日の時点で、グノーシアは三匹ともコールドスリープされているはず。それなのにグノーシア反応が消えていないということは、沙明も私も偽物ということだ。
 そして。真エンジニアのセツがグノーシアと報告していたSQは、客観的にもグノーシアが確定してしまった。

「ナマエ、さんと……沙明、さんは……もしかしたら、どちらかが、AC主義者かもしれません。だから……SQさんに投票するのが、いいと思います……」
「そうですね……私はレムナン様の見解を支持いたします」
 絶対に敵だ、と。私も沙明もSQもそう指摘されてしまっている。だから私たちは、口を出すことができない。
 だが彼らは忘れてはいないだろうか。私も沙明もSQも、自分たちに投票するはずがないということを。
 三人で、ステラに投票した。残念そうに目を伏せるステラと、絶望した表情のレムナンを見ながら、久しぶりにグノーシアで勝てたな、と思った。


 レムナンはステラのコールドスリープを見送る、と言って立ち去ろうとした。あわよくば自分も眠ってしまおうと思ったのかもしれない。だが、レムナンに執着するSQが逃がすはずもなかった。
「アハハッ、逃がさないZE? ……ね、レムにゃん?」
 SQの甘ったるい声色に、レムナンは顔を蒼白にする。
「ま、まさかあなたは……! ひ、ひぃぃッ」
 メインコンソールから出ていった彼らがその後どうなったかは、知る由もない。追いかけるつもりもなかった。ステラをコールドスリープさせたあとに、SQが「お楽しみ」するのだろう。私には嗜虐趣味はないが、だからといって助ける義理もない。今回の私はSQの味方で、レムナンは敵だから。
 グノーシアになると、他のグノーシアの凶行が嫌だという気持ちが少なくなる。せいぜい、少し趣味が悪いな、と思う程度。次のループで人間になったときに嫌な気持ちになると、頭で理解していても――今の、グノーシアの私は。彼を助けようと、そう思うことはなかった。


 三人がいなくなり、メインコンソールには、私と沙明が残された。
 言うまでもなく彼は、グノーシアではない。それでいて、偽物。AC主義者だ。
「お疲れ、沙明。助けてくれてありがとうね」
「ンー? いや、別に? 俺は適当にエンジニアの調査結果をヘイコラと捏造しただけだし。アンタのがよっぽど頑張ってたんじゃね?」
「そうかな。本当のエンジニアを偽物に仕立て上げられたのは、沙明のおかげだよ」
 実際、沙明がエンジニアに名乗り出てくれなかったら、SQは既に冷凍されていただろう。この日になるまで破綻しない報告をしてくれていたのも助かった。私は、沙明が真エンジニアだという前提のドクター報告をしていただけだから。

「……で、沙明はどうする? 消えたい? それともグノーシアの下で仕えたい? 消えたいって言うなら、消してあげてもいいけど」
 AC主義者には二通りあると思っている。
 とにかく自分が消えたくて、新しい世界へと連れて行ってほしいと思っている派。そして、グノーシアという存在に使われたいと思っている派だ。
 消えたいと言うのなら、消してあげたいと思う。グノーシアの本能として、そう思ってしまう。むしろそれを望んで問いかけたつもりだった。
 だが彼は、どちらともとれない答え方をした。
「そりゃ、アンタがどうしたいかって話じゃね? AC主義者ってな、グノーシアの忠実な家来みたいなもんですし? 消すにしろこき使うにしろお好きにドーゾ、ってな。ま、ナマエサマにご奉仕するのはヨさそうだけどな」
「ええ……? うーん……」
 その返答には少々困った。グノーシアの役に立ってくれた彼の望むようにしたいと思っていたのに、彼は私の意思に委ねてくる。
 ……こういう場合には、普段は仲間のグノーシアに任せることが多かったのだが、SQはあの調子だとレムナンにかかりきりだろうし。どうしたものだろうか。


「よ、お二人さん。お熱いデスなー。妬けちゃうZE」
 答えあぐねていると、SQが戻ってきた。レムナンはいない。なんの用だろうか。
「ああ、SQ。レムナンはいいの?」
「んふふ……レムにゃんは格納庫に閉じ込めて来たZE! 今からたっぷり可愛がってあげようカナってところ。で、ナマエにあげたいものがあるんだけどー」
「……何?」
 心の中でレムナンに合掌しつつ、SQの方を見る。彼女は可愛らしい笑顔で、悪趣味なものを持ち出してきた。
「ハイっ、助けてくれたナマエと沙明にゴホービ。好きに使ってねん」
 じゃら、と。その音を聞いて、少しだけ気分が悪くなった。
 昔、私は。グノーシアだったSQに敗北したときに、これを付けられたことがあるのだ。
「……首、輪」
 鎖付きの首輪が私の手に残される。思考が、止まる。
「ちょっとSQ、なんのつもり……」
「じゃ、アタシはレムにゃんとお楽しみしてくるZE。あと、船の権限を乗っ取るのはナマエに任せるからよろしくNE。お互いジャマはしないようにNE〜」
 文句を言おうと思ったが、彼女は言いたいことだけ言ってさっさと去ってしまった。その場には、再び私と沙明だけが残されてしまった。


「ご褒美っていうか……使わなくなった首輪を押し付けただけなんじゃ……」
 ため息をつきながら、それを手で弄んだ。
 SQが何を考えているのかは、考えないようにする。いくら私がグノーシアといっても、深入りしすぎると具合が悪くなりそうだ。
「……どうする? 付けてみる?」
 そして、冗談半分で、沙明に言ってみた。好きに使って、と言われても、私にそんな趣味はない。
 だがこの空間は、最初から狂っていたのだ。
 沙明は私の手から首輪を取ると――自分の首に、それをつけた。

「ちょっ……何してるの?」
 ガチャリ、と無機質な音がする。鎖付きの首輪を装着した彼の姿に、何故かドキリとする。
 お洒落でチョーカーなどをつけるならともかく――鎖付きの首輪なんて、人間につけるものではないだろう。
「ハ、ナマエが付けてみるかって聞いてきたんだろ?」
「それはそうだけど、冗談のつもりだったというか」
 暗い瞳の中に奇妙な圧を感じて、思わず後ずさった。
 グノーシアは人間を簡単に消すことができる。そういう意味で、人間を支配することは簡単だ。
 そのはずなのに――ただの人間である沙明に。グノーシアの私は、取り込まれてしまいそうになっている。
「アッハ……。アンタだけのAC主義者になるってのも、悪かねえわ。なあ、グノーシア様よ」
 そして彼は、私の手を取って、そっと跪いた。
 首輪を身に着けながらも不敵な笑みを浮かべる沙明を見て、思わず唾を飲み込む。その瞳に、飲み込まれてしまいそうになった。
 ――私だけのAC主義者。私だけの、沙明?
 欲望が、湧き上がる。グノーシアの本能として人を消したいという欲求とは別の、もっと悍ましい何かが――


「……沙明。これは本当に、沙明が望んでいることなの?」
 一旦深呼吸した。このまま我を忘れたくはなかった。欲望をなんとか理性で抑えつけ、なるべく淡々と聞く。
 自分の中に、SQのことを笑えないような、支配欲のようなものがあるなんて。知りたくなかった。
 従順に跪く沙明を思うままにしたいという、そんな欲望が。

 しかし。いくらAC主義者とはいえ、彼の言動には違和感がある。今まで重ねてきたループで見てきた沙明とは、明らかに違うもののように見える。その些細な疑問が、理性を保たせていた。
 改めて、跪いたままの彼を見下ろす。鎖付きの首輪が、やけに重たく見える。
 これが本当に、沙明という男の姿なのか?
 権力に嫌悪感を持ち、実験動物と言いながらもオトメの身を案じる。研究施設なんかに戻るくらいなら消したほうがいい、なんて言っていたループもあった。
「ねえ、答えて。あなたの本当の目的は……何?」
 そんな彼が。自ら首輪を付けるなんて、何を考えているのだろう。
 グノーシアという、いつでも人間を消せる存在の――ある意味、権力者の手中に入るなんて。

「……俺は、グノーシア様の下僕にだってなんだよ」
 聞こえるか聞こえないくらいの小さな声で放たれたその言葉に、思わず引っかかる。
 その言葉には、どこか含みがあるように感じた。
「それって、どういう」
「だから――尻尾振って、精一杯ご奉仕しますよ。マイマスタァ?」
 首輪を付けられながら、不敵に笑う。
 ――私だけの、沙明。


「ねえ、沙明」
 少し考えて、私は。
 一旦、自分がループしていることを忘れることにした。この宇宙が、唯一の宇宙だと思って。やり直せない前提で考えるべきだと、そう思った。
 その上で答えを出したいと。一見従順に跪いている彼と本気で向き合いたいと、そう思ったから。
 ……私が、一生グノーシアとして生きていくとして。AC主義者の彼が近くにいるとして。
 私は沙明に、何を望む?
 彼は本当に――グノーシアの私に、従順でいてくれるのか?
「沙明は、私が望んだら。私の人生に……ずっと、付いてきてくれるの?」
 振り絞るように言った。本当に彼は、一生、私だけの沙明であるつもりなのだろうか、と。それは本気で言っているのだろうか、と。
「ヒュウッ! それ、プロポーズかよ? いいねェ。一生付いていきますよ、マイハニィ?」
 私の問いに対し、不敵な笑顔を浮かべて、沙明は――

 沙明は、嘘をついている……。

 →後編


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