19.終わりの始まり

「ジョセフ・ジョースターが行動を起こした」
 ある日。ディオさんが放った言葉は、そんな言葉。それで私は、全て理解した。
 始まってしまった、と。
「どうやら、ジョセフの孫――ジョータローと言ったか――に、スタンド能力が発現したようだ。ジョセフはアメリカから、日本へ向かったようだな」
 念写された写真を見ながら、淡々と彼は言う。そこには、黒髪の若い男が写っている。
 この人が、ジョジョさんの孫であるジョセフ・ジョースターの孫――空条承太郎。
「遅かれ早かれ、奴らは向かってくるだろう……わたしの元へ。百年前からの因縁を持つ、このDIOの元へ」
「ジョジョさんの、子孫が……」
 きっと、そうなるだろう。私もそう思う。
 今まで目立った動きを見せなかったジョースターたちが、ここで動いた。それが決戦の合図であることは、明らかだ。
 ジョジョさんの血を、意思を継いだ彼らならば、きっと。ディオさんの元へ辿り着く。このエジプトの地へと。


「……ディオさんは、これからどうするのですか?」
 以前にも聞いた言葉。その問いにディオさんは、今回はこう答えた。
「このDIOが出向いて、直接始末することも考えた。だが、まずは部下たちを向かわせることにした……エンヤ婆の助言もあってな」
「そう、ですか」
 曰く、まずはジョセフ・ジョースターと空条承太郎の元へ刺客を放つ。それで終わればそれでいいとは思っているが、しかし、ディオさんはその先を見据えている。刺客の襲撃が上手くいかなかった場合を。
 もし、ジョースターたちが刺客を退けた上で、向かってくるならば。空路を、海路を、陸路を。徹底的に妨害するつもりのようだ。それから、多くの部下を放って、彼らの行く手を阻み続ける。
 刺客たちが始末してくれればそれでいい、という考えでもあるようだが。一種の時間稼ぎでもあるようだ。

「ジョナサンのこの身体は、まだ馴染んでいない」
 ディオさんのその言葉を聞いて、私は彼の首元を見上げる。
 首筋の繋ぎ目が、首筋の星が、その言葉を証明しているように見えた。
「奴らと、余計な戦いをするつもりは無い。部下たちがジョースター共を始末してくれるならば、それに越したことは無いが。期待するだけ無駄だろうな」
 そして、彼は軽く息を吐いた。その中に、百年前から続く、途切れない因縁を感じた。
「ジョースターの血統は侮れん。このDIOはそれを、身を持って知っている。ならばわたしが奴らと戦うのは、この身体が馴染んでからにしておきたいのだ」

 百年前の戦い。ジョジョさんとディオさんの、戦い。
 それが今、再び繰り返されようとしている。私が、両者共に失うことになった、あの決戦を。
 同じ結末を繰り返させないために。私にできることは。
「この肉体を得て百年、地上に戻って四年。はじめは意のままに操ることも難しかったこの肉体も、ようやく馴染んできた。まだ、完全には馴染んでいないが――あと数十日分の人間の血を吸えば、その時には馴染むだろう」
 そしてディオさんは自らの首元を指でなぞった。首筋の繋ぎ目が完全に消え、肩の星が消える日が、いつか来てしまうのだろうか。
 その日が来る前に、私は――


「ああ、既に手は打ってある。部下たちを何人か、ジョースター共を始末するよう、派遣した」
 曰く。最初に派遣されたのは、法皇の緑。ハイエロファント・グリーン。
 ジョースターとディオさんの数奇なる戦いを演出する最初のタロットカードは、法王。日本人の少年だそうだ。
「……私は、どうしましょう?」
 一応、尋ねる。もしディオさんが私も刺客として派遣するつもりならば、少し困ったことになるが。しかし、予想通り、そんなことはなかった。
 ディオさんは口角を上げて言った。
「ナマエ、おまえはこの館にいればいい……わたしの側にいればいい。だが、もし、奴らがこの館に来ることがあるならば。その時は協力してくれるな? ナマエ」
「はい」
 私は頷く。ディオさんなら、そう言うと思った。
 わざわざ百年前の存在を蘇らせた、ディオさんなら。
「ディオさん。私は、ディオさんのことを、もう失いません。私はあなたに仕えます――使用人として。あなたを守ります」
 忠誠を誓う。だがこの言葉には、本心と建前が混ざっている。
 私は、ディオさんだけでなく――ジョジョさんのことも、ジョジョさんの子孫のことも。失わないことを、決めたのだから。


 夜のカイロの街を、館の窓から眺める。遠い島国に今、ジョジョさんの子孫がいる。そして、ディオさんのいる、このエジプトの地へと向かって来るのだろう――

 ああ、始まってしまった。
 二十二枚のタロットカードと、九人のエジプト九栄神が演出する、ジョースターとDIOの戦いが。
 そして、タロットカードでもエジプト九栄神でもないイレギュラーなカードを持つ者が、私の紡ぐ運命は。
 戦いが始まったことにより、確実に、終わりに近付いていた。

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